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USJI Voice

USJI Voice Vol.18

英国EU離脱の衝撃と欧州統合の行方―日本からの視点

2016.08.03
福田 耕治
早稲田大学政治経済学術院教授 日本EU学会理事長

はじめに

英国EU離脱は、EU諸国のみならず、日本や世界にとっても大きな衝撃であった。これは、他のEU諸国でも欧州懐疑派を勢いづかせ、EU脱退の「ドミノ倒し」が懸念される。EUでは現在、ユーロ危機、移民・難民危機、テロの脅威など多様かつ深刻なリスクに直面している。このリスクに追い打ちをかけた〝BrexitBritain + Exitは、EUが今後も欧州の連帯を確保するリスクガバナンスの主体であり続けることができるのか、という根源的な問題を提起した。リスクは誰がどのようにして引き受けるべきなのか。本稿は、「ブレグジット」が提起したEU統合の現実とグローバル化した世界の構造的・根源的なリスクの背景や含意を検討し、日本や世界への示唆、今後の対応策を提言する。

1 EU統合の沿革と英国

第2次大戦後、自由、人権、寛容、デモクラシーなどの高邁な理念のもとに進められてきたEU統合が、いま、なぜ頓挫しつつあるのか。EUの最大の特徴である「国境を越えるヒト、モノ、資本、サービスの域内自由移動」が、経済格差の拡大や安全・秩序にかかわるリスクを生み出した背景には何があるのだろうか。

欧州統合の起源は、欧州における戦争の原因を永久になくすための「不戦共同体」を作る平和目的にあった。仏独の国境地帯アルザス・ロレーヌでは、過去100年以上にわたって地下資源の石炭・鉄鉱石の争奪をめぐる戦争を繰り返してきた。2度の世界大戦の教訓から、1952年フランスが、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)創設を当時の西ドイツ、イタリア、ベネルクス3国に呼びかけ、6カ国による石炭・鉄鋼の国際共同管理体制を構築した。さらに1958年欧州経済共同体(EEC)、欧州原子力共同体(EAEC)も設置され、これら3共同体が、現在のEUの起源となっている。

1960年英国はEEC設立に対抗して、自国を中核とする7カ国で欧州自由貿易連合(EFTA)を設立した。しかしEECは、1968年関税同盟を完成させ、EFTAよりも格段に高い経済成長を達成した。そこで英国は、EECに経済的利得を見出し、1961EECへの加盟を申請した。ドゴール仏大統領は、英国のEEC加盟は米国がEECを背後で操る「トロイの木馬」であるとして、1963年、67年の度重なる加盟申請にもかかわらず拒否を続けた。ドゴールの退陣後の1969年、ようやくポンピドー仏大統領は、1970年からの英国のEEC加盟交渉開始に合意した。こうして1973年ヒ-ス(Edward Heath)政権下で英国のEEC(およびECSC/EAEC)加盟が実現した。

2  EEC, EUへの残留の是非を問う英国国民投票とその結果

1975年労働党のウィルソン(Harold Wilson)首相は、党内基盤を固めることを企図してEEC残留の是非を問う国民投票を実施した。1975年国民投票キャンペーンでは、当時の経済界やメディアも残留支持でほぼ一致していた。国民投票の結果は、EEC残留賛成が67.2(投票率64.5)となり、ウィルソンが意図した通り、英国のEEC残留が決まった。

しかし20166月英国EU残留の是非を問う今回の国民投票では、EU脱退を主張する英国独立党(UKIP)の存在もあり、前回とは状況が大きく異なっていた。20131月キャメロン(David Cameron)首相は、保守党内で欧州懐疑派に追い詰められ、2017年までにEU残留の是非を問う国民投票の実施を表明した。2015年総選挙キャンペーンでもこれを公約に掲げ、勝利した。「国会主権の原則」をもつ英国における国民投票は、憲法によって法的に義務付けられたものではなく、またその結果が法的拘束力を持つものでもないが、政治的にその結果を無視することは困難である。国民投票の結果が残留を望む首相の意図通りになれば、国民の支持を背景に党内基盤を盤石にする手段となるが、失敗すれば首相の辞任と内閣・保守党の分裂に至る政治的リスクがあった。そこでキャメロン首相は、「EU改革に対する英国の解決案」(20151110日付書簡)をトゥスク欧州理事会常任議長に送り、①経済ガバナンス、②競争力、③主権、④移民の4項目からなる改革要求をEU側に突き付けた。これに対しトゥスクは、ほぼこれらの要求に沿う形で譲歩した内容の回答を行った。これを踏まえキャメロン首相は、国民投票の実施を決定した。争点は、「移民問題」と英国「国家主権の回復」であった。国民世論は、脱退派と残留派で二分され、投票前日まで両者の勢力は拮抗したままであった。

国民投票の結果は、離脱支持が51.9%、残留支持が48.1(投票率72.2)となり、英国はEUからの脱退を選択した。EU脱退派は、脱退により移民の流入を抑制でき、EUへの財政負担もなくなるため、これを国民保険サービス(NHS)の費用へ回すことができると主張した。他方、EU残留派は、5億人の域内市場への関税0のアクセス、貿易と金融サービスから得られる経済的恩恵を挙げた。EU残留派は、大学卒以上の高学歴層が多くグローバル化した世界経済とEUから得られる英国の利益を客観的に捉えていた。また欧州大陸諸国で就労機会を得ることを望む若者の多くもEU統合支持の立場をとった。

他方のEU脱退を求めた人々の多くは学歴や所得が低く、雇用への不安や不満を持ち、疎外感を感じ、グローバル化の恩恵をほとんど感じられない層であった。低技能賃金労働者の越境移動は、受入国社会の最貧困層の賃金減少や失業を引き起こす。社会的・経済的に脆弱な層が、極右政党の言説に同調して、自己の就労を脅かす存在として移民・難民に憎悪の念を強め、排外主義的ナショナリズムを支持した。残留派と離脱派との間の分断は、若者層と高齢者層の世代間、富裕層と貧困層の社会階層間、都市と地方との地域間、高学歴エリート支配に対する庶民の反発としての社会的亀裂の表面化であった。しかしブレグジットで浮かび上がった問題は、多くの欧州諸国、日米などG7諸国にも共通する懸案事項でもある。

 3 グローバル化への対応と新自由主義的なEU市場統合の行方

EUの最大の特徴である「ヒト、モノ、資本、サービスの域内自由移動」は、グローバル化を歴史的に先取りした「社会実験」であると見做されてきた。しかし1980年代半ば以降、EUは新自由主義的な域内市場統合へと舵を切った。2008年の米国リーマン・ショックが欧州に飛び火し、200910年以後のギリシャ危機、ユーロ危機へと繋がり、金融危機と財政危機が重なってユーロ圏は混乱に陥った。その後、EUは、2012年欧州安定メカニズム(ESM)を創設し、さらに欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏内の銀行を直接監督する仕組みを作り、財政危機を未然に防止するためのユーロ制度改革と「経済ガバナンス」の仕組みを構築した。トロイカは、債務危機国に対して財政支援と引き換えに厳しい緊縮財政と構造改革を課したが、期待されたほどの効果は上がっていない。PIIGS諸国では、失業率の高止まりと社会保護が弱体化するにつれ、政治的に不安定となり、欧州懐疑派、反EUEU脱退を叫ぶポピュリズム政党への大衆の支持が各国で増大している。

経済・金融危機以後、EU加盟国間、地域間の不均衡は拡大し、産業間や企業間、賃金や資産の格差が一層拡大する構造的変化が生じ、独り勝ちのドイツと緊縮財政を課せられたPIIGS諸国との南北対立が深刻化した。英国は、ユーロにもシェンゲン圏にも参加しておらず、他のEU諸国と比べユーロ危機や移民・難民危機の影響は少ないはずである。しかし英国をはじめ欧州諸国では、社会や労働市場の分断が起こり、経済格差の拡大、貧困と社会的排除、勝者と敗者を作り出す社会の亀裂が鮮明化した。グローバル化の恩恵には浴さない大多数の庶民には現政府体制への不満や幻滅があり、日・米・欧で共通して噴出しつつある。201516年パリやブリュッセルでのテロ事件、無差別大量殺傷事件が相次ぎ、EUに対する反感や失望感が漂っている。日本でも失業や非正規雇用で就労不安定な者による無差別殺傷事件、食品テロ事件などの犯罪が相次いでいる。ブレグジットが提起した問題は、アメリカ大統領選挙における移民排斥など極端な自国中心主義を標榜する候補者に大衆の支持が集まる「トランプ現象」と同根であり、現体制への拒絶であり、新自由主義の帰結としての行き過ぎた市場原理主義や株主至上主義への大衆の抗議として捉えることもできる。

おわりに

日本から1000社を超える企業がEUへの拠点として英国へ進出している。それら企業の多くは、英国EU離脱に伴い、欧州戦略の再検討を迫られている。しかし、英国の立ち位置が確定するまで拙速な行動は控えなければならない。テリーザ・メイ新首相は、次の総選挙の後、EU離脱の是非を問う再国民投票を行う可能性もあり、あるいは国会にEU離脱問題を諮り、議員の7割が残留を望んでいることから、国会で多数決を得られない場合、EU離脱を撤回し、リスボン条約第50条に定めるEUへの離脱通知や交渉を中止する可能性もある。

20164月「パナマ文書」がリークされ、そのなかにキャメロンの名前が含まれていることが報道された後、国民の反キャメロン感情が高まり、EU残留を望むキャメロン首相に対する抗議としてEU離脱に票を投じた人々がいた。また他の人々は、EUの危機、多国籍企業や富裕層のタックス・ヘイブンを利用した不当な租税回避や反社会集団のマネーロンダリング、激増する移民・難民の流入やテロへの恐怖など、グローバリズムとナショナリズムの対立を一連の問題として捉え、EU離脱を選択した。

現代社会におけるリスクは、脆弱な社会層の人々に押し付けられる傾向にある。貧困やリスクを押し付けられた人々の政治や社会への不満や怒り、疎外感が暴動や犯罪、テロ事件の背後にあり、移民・難民排斥、偏狭なナショナリズムの感情とポピュリズムを生み出し、さらに脆弱な層への攻撃となって現れる。それゆえアンソニー・B・アトキンソン(21世紀の不平等』2015)やトマ・ピケティ(21世紀の資本』2013)が勧告するような格差を是正する改革が要請される。例えば、タックス・ヘイブンへの国際的規制や国際金融取引税、富裕層の資産へのグローバルな累進課税、法人税の統一、グローバルな社会保障制度の創設などの国際制度の設計が中長期的な政策課題となる。

2016年6月OECD税務委員会が京都で開催され、その結論としてタックス・ヘイブンによる租税回避を防ぐために、OECDとG20の加盟国を含む46カ国に加え、シンガポール、香港およびウルグァイなど35の国や地域も新たに参加する金融規制の国際協力が合意された。統治や政策決定に関与できる立場にある者は、企業経営者、富裕層や資本家の利益のみならず、脆弱な社会層をも含むすべてのステークホルダーの利益を配慮する必要がある。公平かつ効率的な制度と分配政策が、結局は持続可能な民主的社会の基盤となる。持続可能な経済発展と民主的で安定した社会秩序の構築のために、われわれはグローバルな社会連帯によってリスクを分散し、共通利益を確保する道を選択すべきであろう。

 

著者略歴:

福田耕治(ふくだ こうじ) 早稲田大学政治経済学術院教授、政治学博士、早稲田大学地域・地域間研究機構EU研究所所長、日本EU学会理事長、グローバル・ガバナンス学会副理事長

福田耕治編著(2016)『EUの連帯とリスクガバナンス』(成文堂)

福田耕治編著(2016)EU・欧州統合研究-Brexit 以後の欧州ガバナンス』(成文堂)

福田耕治(2012)『国際行政学・新版』(有斐閣)

福田耕治編著(2011)『多元化するEUガバナンス』(早稲田大学出版部)

福田耕治編著(2010)『EU・欧州公共圏の形成と国際協力』(成文堂)

Koji Fukuda(2016),Growth, Employment and Social Security Governance in the EU and Japan”,Policy Change under New Democratic Capitalism (Routledge, forthcoming), Koji Fukuda(2014),Accountability and the Governance of Food Safety Policy〝,The European Union and Japan (P.Bacon, H.Mayer, H.Nakamura eds.,Ashgate)Koji Fukuda(2013),The global economic crisis and the future of labor market policy regimes: implications for economic governance in the European Union and Japan” Economic Crises and Policy Regime  (H.Magara ed. E & E)Koji Fukuda, Hroya Akiba . eds,(2003), European Governance After Nice, RoutledgeCurzon.

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