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USJI Voice Vol.19

2016年アメリカ大統領選挙:日本からの視点

2016.10.07
Maeshima_Kazuhiro
前嶋 和弘
上智大学 教授/日米研究インスティテュート(USJI)運営アドバイザー

いよいよ11月8日、アメリカ大統領選挙の一般投票が行われる。「日本」という言葉がこれだけ大統領選挙で話題になったのは、日米貿易摩擦がピークとなった1992年選挙以来だろう。日本国内でもアメリカの大統領選挙そのものへの関心がこれほど高いのも近年見たことがない。世界中がこの投票の瞬間を注視しているが、日本も今回の大統領選挙という壮大なドラマの結末を特別な想いで見守っている。

1.トランプ発言に揺れた1年

大統領選挙で「日本」という言葉が頻繁に飛び交うのも、日本でアメリカという遠い国の選挙が大きな話題となっているのも、もちろん、共和党候補のドナルド・トランプ氏の数々の発言のためである。

トランプ氏の国際関係についての数々の言葉は、実に“カラフル”である。メキシコ国境での「万里の長城」建設、イスラム教徒の入国禁止、ロシアに対する肯定的な数々の発言などの中、NATO(北大西洋条約機構)批判や、日米安保の見直しの可能性にも何度もふれた。「日米安保は片務的、もっと負担を」と主張し、日本に在日米軍駐留経費の全額負担に応じなければ、米軍を撤退させるとし、ついには「日本の核武装」容認まで踏み込んだトランプ氏の発言に、日本人の多くが耳を疑った。

もっとはっきり言えば、「東アジアの国際情勢に無知なトランプ氏に仰天し、あきれた」というのが実際である。米軍駐留経費に占める割合の中で日本側の負担は75%に達しており、すでにほかの多くの同盟国よりも日本側は負担している。日米安全保障条約は片務的なものではなく、日本だけでなく、「極東における平和と安全」のために米軍は駐留している。在日米軍と日本の自衛隊との協力関係は、東アジアの安定には欠かせない。この流れを無視し、もし、日本が核武装を進めたとしたら、隣国を刺激し、東アジアの安定は一気に崩れる。

「ビジネスマンとして議論をする」のがトランプ氏のモットーだが、もし、トランプ大統領が誕生した場合、中国と差しで話し合って丸めこまれる可能性もあろう。大きな影響を受けるのは、同盟国日本や韓国である。

安全保障問題の問題だけではない。地政学リスクは貿易や経済問題そのものであり、日本や中国といったアメリカの主要貿易パートナーの経済状態は、アメリカ経済にも直結するのは言うまでもない。

日米間の経済問題についてのトランプ氏の発言も首をかしげざるを得ない。「日本は不公正貿易国」「日本はアメリカ人の雇用を奪うだけ」などのトランプ氏の発言は、冒頭にふれた日米経済摩擦時の「ジャパンバッシング」の論理がゾンビのように復活してきたような気がしたのは私だけではないだろう。日本が過去20年以上、現地法人としてアメリカに進出し、アメリカ国民の雇用を支えてきた事実には全くないことになっている。

過去20年以上というのがポイントかもしれない。トランプ氏にとっての「日本」とは、20年以上前の彼がニューヨークの不動産業者として、同じ不動産業でしのぎを競ったライバルだったバブル期の日本の残像だったとすると合点がいく。トランプ氏の時代錯誤の発言の原因はこのゆがんだ日本像なのかもしれない。

2.アメリカの変化

それでもトランプ氏の発言にはそれなりの“真実”がある。それは、彼を支持する「白人ブルーカラー層」にとっては、一連のトランプ発言のほぼすべてが、胸がすくような言葉であるという事実である。

いずれも1週間程度と短期間ではあったが、今年に入って4度、アメリカを訪れた。現地で出会った何人かの熱狂的なトランプ支持者と話した。いずれの支持者との間でも、日本や東アジアの情勢についての会話はほとんど成立しなかった。この層の人たちにとっては、日本はバブル期の自分の利益だけを最優先させるような「ずる賢い」相手であり、その日本を守るアメリカばかりが損をすると思っているようであった。まさにトランプ発言と同じ方向性であった。

このトランプ支持者たちの核となる層の多くは、移民増に加え、グローバル経済やIT化が進む中、自分たちの労働環境が悪化しているという現実に直面している。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)がもたらす自由貿易がアメリカ全体には肯定的な影響があると筆者は信じているが、それでもTPPが雇用調整の対象とするのがこのトランプ支持者だろう。トランプ支持者の核となる人たちにとって、TPPは(少なくとも短期的には)自分の仕事を奪う存在にみえるはずである。トランプ氏が「TPP破棄」という言葉を繰り返せば、それだけこの層の人たちにとっては、救いの福音となる。日本人からすれば驚いてしまう「TPPの黒幕は中国」といったトランプ氏の発言は、過去20年間、自分たちの仕事を奪ってきた中国の存在と相まって、TPPに対する強い反発をさらに大きくしていく。

特筆すべき点は、TPPについては、トランプ氏だけでなく、共和党の予備選に出馬したジョン・ケーシック氏のような賛成派は例外だったという事実である。共和党の予備選に出馬したほとんどの候補、さらには民主党予備選で予想外の健闘をしたバーニー・サンダース氏もTPPには徹底的に否定的だった。この流れの中で、民主党の指名を獲得したヒラリー・クリントン氏もTPP支持を取り下げなければならなくなっている。

大統領選挙でのこれまでのTPPをめぐる議論の中で、自由貿易は繁栄のシンボルでなく、「弱い者いじめ」の象徴になってしまっている。事実はどうあれ、今回の大統領選で表面化した、このアメリカの変化を日本としては見逃してはならない。 

3.より強固な日米関係へ

TPPについて日本としては、自由貿易が自国にもたらす負の部分をできるだけ少なくなるよう、様々な条件を付けて、粘り強い交渉を続けてきた。その立場はアメリカや他の参加国も同じであり、その結果はすでにまとまっている。クリントン政権になるにしろ、トランプ政権になるにしろ、自由貿易による発展を望む日本としては、今後、新政権に対して、アメリカ国内のTPPへの誤解を解くための協力を申し出るような工夫も必要になってくるであろう。

また、もし、トランプ政権が誕生した場合、日米関係には大きな変化が予想される。ブラフのような発言で日本側に議論を巻き起こし、在日米軍の負担増の可能性を引き出せたら、それこそ「日本からの譲歩を引き出せる」と新政権の手柄とするのは間違いないものと予想される。日本としては場合によっては、ホワイトハウスや国務省などの通常の外交ルートだけでなく、トランプ政権に待ったをかけることができる最大の存在である連邦議会との協力を深めていくのが選択肢にある。その場合、対日関係の強化を掲げる下院の議員連盟「ジャパン・コーカス」と緊密に連携を取りながら、状況の打開を図るべきであろう。

日本としてはアメリカの変化をみつめながら、日米両国の国民全体にとって最善の選択肢となるように常に努力していくべきである。そうしていくことで、さらに日米関係が強化され、両国の連携の中、世界の各国の諸問題を率先して解決するような模範となる二国間関係を築いていくことができるのではないか。

 

【関連号】
USJI Voice Vol.23 トランプ新政権と今後の日米関係
前嶋 和弘(上智大学 教授/日米研究インスティテュート(USJI)運営アドバイザー)

【関連プロジェクト】
2016年アメリカ大統領選挙と日本

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