HOME > 研究活動 > USJI Voice > USJI Voice Vol.21

研究活動

USJI Voice

USJI Voice Vol.21

エネルギー選択:市場メカニズムを活用し、幅広くイノベーションを喚起する制度構築を進めよ

2017.02.06
horii_nobuhiro
堀井 伸浩
九州大学大学院経済学研究院 准教授

近年、石炭はすっかり悪役が定着してしまった。2016年5月には英国・オックスフォード大学のスミススクールが、日本の電力各社の石炭火力増強計画に対し、今後環境規制が強化され、その結果、ガス火力や再生可能エネルギーの競争力向上によって石炭火力が座礁資産(Stranded Assets)、すなわち投資が回収できず不良債権化するというリポートを公表した。石炭火力の発電が先に挙げた要因で15年先に不能となった場合、座礁資産の額は616.2億ドルに及び、投資家は日本の電力会社が抱えるリスクを認識する必要があると警告している。石炭火力に対する強い風当たりは、途上国の石炭火力発電所建設プロジェクトを融資対象から外すという、特に欧米系の国際援助機関が数年前から掲げる方針にも表れている。

しかし果たして石炭という資源を活用することなく、死蔵してしまうことは正しい判断なのだろうか?石炭はシェールガスの商業生産に成功したアメリカ国内を除くと、依然として化石燃料の中で最も安価である。問題は環境負荷が高いことであるが、従来型の大気汚染(SO2やNOxなど)については対策技術が普及しており、その導入コストを負担したとしてもコスト競争力は高い。但し、気候変動(地球温暖化)への対策技術は未だ開発途上であり、この点が石炭利用の制約となっている。

パリ協定の下でのエネルギー需要見通し
今後気候変動対策によって石炭利用はどのような影響を受けると考えられるだろうか。国際エネルギー機関(IEA)のWorld Energy Outlook 2016では、2016年11月に発効したパリ協定において各国がコミットした温暖化ガス削減目標(INDC)を反映した「新政策シナリオ」を示している。この「新政策シナリオ」によれば、2040年のエネルギー消費量は2014年比で約30%増加する。OECD諸国では4%の減少であるのに対し、非OECD途上国は51%の増加となっているためだ。経済発展段階の違いを考えれば当然と言えよう。

個別のエネルギー毎に見ると、化石燃料は2014年に81%のシェアを占めていたが、2040年には74%へと低下する一方、太陽光や風力などの再生可能エネルギーは大きく成長することが見込まれており、一次エネルギーに占めるシェアは2014年の13%から20%に上昇、発電に占めるシェアも22%から36%にまで上昇する。他にはガスが2014年比で49%と化石燃料の中で最大の増加の見通しである。

しかし実は石炭消費も5%増加する見通しで、発電に占めるシェアは2014年の41%から2040年には28%へと低下するものの依然として最大の電源であり続ける。世界最大の石炭消費国である中国、そして米国、EU、日本、韓国では石炭消費は縮小する見通しであるが、インドでは大幅に、他にASEAN諸国やアフリカでも石炭消費は増加する。これまでの主要な石炭消費国が消費量を減らす一方、新たな国々がそれを上回って消費を拡大するというこの点は重要である。そうした国々の石炭利用技術のレベルが低く、従来の石炭消費国からの技術移転が気候変動対策として重要な意味を持つ可能性があるためである。

「新政策シナリオ」が示すのは、パリ協定における各国のINDCが達成された場合でも2040年の世界のCO2排出量は2割弱ほど増加するという「不都合な将来」である。2100年時点での気温を産業革命前と比べて2度以下の上昇に抑えるという目標を達成するにはCO2排出量を更に半減させる必要がある。その点ではパリ協定は画期的な成果ではあるが、理想にはまだ程遠い、ということになるのだろう。CO2排出量半減に沿ったシナリオをIEAは「450シナリオ」として示しており、それによると例えば風力や太陽光などの再生可能エネルギーによる発電を「新政策シナリオ」よりも6割以上増やし、ガスは4割減、石炭に至っては8割近い削減をしなければならないことになる。

途上国では優先すべき緊急課題が山積
それでは、更に世界は気候変動対策を強化して「現時点で」この「450シナリオ」の実現に向けて動くべきだろうか?筆者はそうすべきではないと考えている。理由は以下の通りである。

まずパリ協定が合意に漕ぎ着けたのは、世界全体の目標を決めてトップダウンで排出削減を割り当てるのではなく、各国が自発的に自らの目標を設定し、その実現に向けた取り組みをコミットする方式を採用した点が大きい。「新政策シナリオ」と「450シナリオ」の間のCO2排出量のギャップは各国が経済成長や投資余力などの制約を勘案した上で受け入れ可能な現実的な解と理想との間のギャップと言える。「450シナリオ」のように再生可能エネルギーへの傾斜を極端に強め、ガスや石炭の利用を大きく制限することは市場メカニズムで進むはずもなく、気候変動対策のコストを高騰させる懸念が強い。

とりわけ逆風に晒されている石炭について言えば、「新政策シナリオ」の2040年時点での発電コスト予測では、規制の影響を受けて米国やEUでは石炭はガスよりも、更には風力や太陽光(メガソーラー)よりも割高となっているが、中国では石炭と他のエネルギーは概ね同水準、インドでは依然として最も安価な電源のままである。インドに代表される今後高度成長を実現しようとする途上国にとって、エネルギーコストは極力抑え、浮いた資本をインフラ整備や技術開発、社会保障に用いようとするのは当然であり、望ましいことである。

何よりも低コストで安定したエネルギーを必要としている地域がある、サブサハラアフリカである。同地域では現状でも6億2000万人の人々、すなわち人口のおよそ半分が電力供給を受けることが出来ない。2040年には世界全体の無電化人口のうちサブサハラアフリカが占める比率は75%へと上昇する見通しである。

皮肉なことに、サブサハラアフリカは世界の石油・ガスの確認埋蔵量の3割を有する資源豊かな地域であるにもかかわらず、採掘した石油・ガスを自ら利用できず、大半が輸出に回されている。国内では石油・ガスによる発電コストを負担する経済力がないためである。その結果、水力資源に恵まれた一部の国と経済的に豊かな南アフリカを除けば、工業化に、ひいては経済成長に必要な大規模発電所がほとんど存在しない状況となっている。圧倒的に安価な石炭を活用することでこの制約から解き放たれる希望がある。

気候変動という地球規模の問題への対処が重要な点は否定しないが、他にも優先して解決すべき緊急課題が途上国においては山積している事実を忘れてはいけない。そしてその多くは途上国が経済成長するだけで解決に向かうと期待できる。年に一度の気候変動枠組条約締約国会議(COP)は華々しく先進国メディアが好んで報道するのに対し、途上国の開発問題は地味な話題ということか、注目を受けることは少ない。しかし取り組むべき課題の優先度とメディア、ひいては人々の関心は一致しているわけではないのである。

理想へのアプローチはイノベーションで効率的に
気候変動による影響を抑制するために「450シナリオ」が示す理想を目指すことはいずれ必要であるが、その実現が求められるデッドラインまでにはまだ数十年の長期のリードタイムが与えられている点を活用するべきだ。なぜならその間、新たなイノベーションが生まれ、革新的な対策方法が生まれる可能性が存在するためである。大切なことは現在存在する選択肢を排除せず、幅広くイノベーションを促す制度を構築することである。理想と現実のギャップを埋めるためにはイノベーションを通じた、対策コストの低減による効率化が不可欠である。その意味で石炭を問答無用で排除しようとする風潮は改められるべきである。石炭の高いCO2排出強度を軽減するイノベーションが思ってもみない方向から生じることも期待できるのに、石炭利用を制限することはそうした技術開発の芽を摘む懸念がある。

もちろん対策を全て後回しにすれば良いと言っているわけではない。その点から、パリ協定をキャンセルするというトランプ新政権の方針ではなく、各国が背伸びをすれば達成可能と考えたパリ協定はイノベーション促進に有効であるため、実現に向けて米国もコミットするべきだろう。

具体的な措置として、例えば炭素税のように環境負荷のコストを価格に内部化することは、環境面のコストも含めた石炭の真のメリットとデメリットを明確にし、イノベーション創出に向けた投資リターンを企業が判断する上で重要である。イノベーションの担い手である企業にとっては、突然石炭利用が禁止され、「座礁資産」になる懸念の下では投資に踏み切れないが、削減すべき排出量が明確にされ、そのためのコストが税率という形で示されれば、企業はコストとリスクを勘案し、必要な投資判断を行える。現状は石炭利用に付随するリスクを政治的要因で不当に高くすることで、イノベーションに向けた投資が大きく毀損されている。例えば、過去10年、再生可能エネルギーには8000億ドルの補助金が投じられたのに対し、CCS(炭素貯留・分離、Carbon Capture and Storage)への投資はわずか200億ドルに止まる。こうした歪みを正し、イノベーション支援はイコールフッティングにすべきである。

日本としては、新たな石炭消費国として台頭してくる国々に対して、これまで培ってきた高度な石炭利用技術に基づく環境負荷の低い石炭利用システムの構築に向けた協力を進めるべきである。また先進国では再生可能エネルギーの導入拡大が進むのは確実であるが、再生可能エネルギーの間欠性をカバーして電力を安定供給するために、ベースロードとして化石燃料電源が依然として一定程度必要である。この点を踏まえれば、引き続きCCSを含め、最先端の石炭利用技術の開発とその自国での導入に日本が注力することは世界にとって重要である。

 


USJI Voiceは、USJIの連携大学の研究者による政策関連オピニオン・ペーパーです。USJI Voiceでは、日米関係やその関連トピックに関心のある専門家の方々に向けてさまざまな記事をお届けします。
USJI Voiceは、執筆者であるUSJI連携大学研究者の個人的見解に基づくものであり、USJIとしての公式見解ではありません。

本資料に掲載している情報(文章や写真など)は、日米研究インスティテュートもしくはその連携大学の著作物です。個人の私的使用および引用などを除き、本資料に掲載している情報を、著作権者に無断で、複製・改変、転載などすることを禁止します。

ご支援のお願い
  • 連携大学

  • GET UPDATES

    USJIでは、イベント等の情報をメール配信しています。お申込み/配信停止はこちらから。