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USJI Voice

USJI Voice Vol.22

2016年12月・安倍プーチン会談から学ぶこと:日米はロシアにどう向き合うべきか

2017.02.15
Iwashita_Akihiro
岩下 明裕
九州大学 教授 / 北海道大学 教授

トランプ大統領の登場で先行き不透明な米国外交だが、そのテロ対策のためのシリアなど7か国の入国禁止措置の導入やメキシコ国境に壁を作るといった発言が世界でセンセーションを巻き起こしている。またトランプ大統領は就任前から台湾の総統に電話をかけるなど中国に厳しい対応をとるように見える一方で、就任早々に首脳会談を行った日本の安倍首相に対しては「蜜月」を演出した。そして今後、もっとも注目されていくのが、選挙前から「尊敬する」と述べてきたプーチン大統領のいるロシアとの関係づくりに違いない。一部報道によれば、トランプ大統領はロシアの諜報機関に弱みを握られているとも言われ、それゆえ「ロシアに甘い」と政権筋からも批判されている。

そのプーチン大統領と昨年12月に日本で首脳会談を行い、日露関係を前進させることで合意に導いたのが、安倍首相であった。オバマ前大統領が安倍首相に「プーチンに近づくな」と示唆し続けてきたように米国がロシアとの関係改善に慎重であったことを思えば、これに示すトランプ大統領のもと、どのような展開がありうるのか、衆目の集まるところだろう。昨年12月の日露首脳会談の成果を検証することでこれを見通すことも出来よう。果たして、今回の日露首脳会談の実態はどのようなものだったのか。

日露首脳会談の結果

そもそもなぜ米国はロシアとの関係改善を拒否してきたのか。それはクリミア併合を含むウクライナ問題に関するロシアの強い関与である。これを契機とした制裁を科せられたロシアは原油安もあり、経済的に苦しい立場に置かれ続けてきた。また政治的にも国際社会で孤立し、ロシアに支持や理解を示すのは、中国やインドなど限られた国だけであった。制裁で足並みをそろえるG7の「和」を乱し、孤立イメージを払拭したいロシアにとって、北方領土問題の早期解決を目指す、安倍首相による経済協力を軸とした関係改善のアプローチは「渡りに船」だったといわれる。事実、2016年9月にウラジオストクで開催された東方経済フォーラムでは中国の習近平主席以上に安倍首相は手厚くもてなされ、プーチンが12月に訪日する流れを後押しすることになった。日露首脳会談が12月に設定されたのは、日本にとっては米国大統領選挙の直後でオバマ政権からの「圧力」を受けにくく、安倍首相が対露外交をより自由に展開しやすいからと説明されたが、ロシアからみればこれはEUが対露制裁延長を決める日程に合わせてものでもあった。

会談は2016年12月15-16日に首相の故郷である山口と東京で開催されたが、首相自身が会談終了後の夜からテレビメディアに露出し、自ら「成功」を強調し、日本のなかでも一部、これに追随するうごきもあった 。

だが国内の識者も多くはこれを「失敗」と評価している。そして海外メディアはほぼプーチンの「圧勝」と称している。結論をいえば、これを「成功」とみなすことはできない。理由はシンプルである。何よりも共同声明が出せなかった。プレス向けの声明が出されたものの、ロシア語と日本語でそれぞれのメディアに流されたものであり、肝心の部分での対立が残った。ロシアは最後まで「北方領土問題の解決」なる文言をいれさせなかっただけでなく、主権や領土問題に触れない共同経済活動に関わる部分でも、日本が言う「北方領土」の四つの島の名前を具体的に明記させず、「南クリル諸島」という一般的な言い方しか認めなかった。要するに、ロシアは領土問題の存在さえも、公的には認めさせなかったのである。

プーチンの誘い水?

安倍首相は就任以来、北方領土問題を自分の手で解決するとアピールしてきた。そして各種の情報を総合すると、これは日本が長年、主張してきた(択捉、国後、色丹、歯舞の)いわゆる「四島の帰属問題」の解決に至らずとも、(色丹と歯舞の)「二島引き渡し」を実現することだと予想されていた。だがすでに述べたように、公表された結果だけみれば、プーチンは北方領土問題で一歩も譲らない一方で、同時にシベリア極東などでの広範な経済協力や日露関係を進めることができ、国際社会からロシアが孤立していないと世界にアピールできた。また、「北方領土」の島々でも、主権問題を棚上げして、日本との共同経済活動を通じてこれを発展させる可能性をも得た。日本側は「特別な制度」の下での実現を目指すというが、ロシアの補佐官はロシアの主権下でと主張した。

日本側の目論見はどうして外れたのだろうか。9月の東方経済フォーラムでのウラジオストク訪問まで安倍首相は、メディアの前でも快活であり、北方領土問題の解決に向けた希望を隠さなかった。メディアは歯舞と色丹の二島返還による決着(読売新聞)や国後、択捉の共同統治の可能性(日本経済新聞)を報じ、北海道新聞、読売新聞、NHKなどの各種世論調査も「二島先行返還」を支持する意見が多数となった。驚くべきことは、それまで「四島返還」に固執してきた(四島で暮らす)元島民で作られた団体のメンバーたちまでも「二島先行返還」を多数が支持するようになったことだ(10年前は少数であった)。もし、12月の首脳会談でこの方向性が示されれば、世論は安倍首相の決断を支持し、領土問題は決着に向けて大きく動いただろう。

だが潮目が変わったのが、11月のAPECリマ会議での日露会談後であった。安倍首相は早期解決の期待を取り下げ、発言をトーンダウンする。プーチンがそれまで「甘い言葉」を囁いたという見方もあるが、実は、プーチンの立場はここ10年一貫している。それによれば、1956年の日ソ共同宣言を出発点として交渉をする、択捉と国後は宣言に触れられていないから交渉の対象にならない、色丹と歯舞を平和条約締結後に引き渡すと書かれてはいるが、条件は定められていないから、場合によっては、ロシアの支配下で日本が施政を行うこともありうるとまで踏み込んでいた。安倍首相や側近が、なぜプーチンのこの強硬な立場を理解していなかったのかは不明である。今回の交渉が外務省ではなく、経産省主導でなされたことに鍵があるように思う。経済協力の話をすればプーチンは笑顔になるに決まっている。そして領土問題を彼にぶつけてみたが、彼は動かなかったということだろう。

首脳会談後の展望

一言で言えば、安倍政権は1956年の日ソ共同宣言に戻れば、少なくとも色丹・歯舞がすぐに日本に戻ってくると考えていたように思われる。経済協力を大きく進め、日ソ共同宣言の履行を迫る、二島引き渡しを実現し、択捉・国後には共同経済活動を導入することで、「二島+α」の成果とする。これで二島引き渡しの前提である平和条約も結べると。

だが現実は真逆であった。プーチンは山口でのテタテの会談で「四島の帰属問題を解決して平和条約を結ぶ」とした1993年の東京宣言をも認めようとはしなかったといわれる。今の状況で領土問題に触れることはできない、将来、必ず動かすから、と首相に伝えたのだろう。そして首相は「プーチンを信じる」と応えた。安倍外交の「成功」を主張する日本の識者のなかには、まさにこの部分を評価して、二人は「密約」を結んだとみなす人もいる。

だが領土交渉など国家にとってクリティカルな外交交渉の場で、「信じる・信じない」というやりとりで交渉を前に進めるというのはリスクそのものでしかない。70年間これまで動かなかったから、という首相の理由づけは、このやり方をとれば解決にむけて進むということを全く意味しない。むしろ逆に北方領土問題に関わる交渉や運動そのものを掘り崩したかもしれないのだ。領土問題に触れなかったことで、平和条約を結ぶに「領土問題の解決」は不要との印象すら生まれた感がある。

実際、日本のなかでは「四島返還」を求める声が急速に消え始めている。交渉がいつの間にか、色丹・歯舞の二島返還が目標のようになった感さえある。ここで1956年の共同宣言を足場にして、北方領土での共同経済活動に取り組もうとすればどうなるだろうか。択捉、国後は論外とするロシアの立場を鑑みれば、択捉と国後はロシアの主権下でこれをやろうと提案する公算が高い。色丹と歯舞で日露の主権にふれない「特別な制度」でこれをやろうとロシアに言われたら日本はなんと答えるのだろう。これを受け入れることは、色丹・歯舞に対する日本の主権を弱めることになりかねない。平和条約締結後の二島引き渡しは日本の二島への主権を意味しない先例として機能するかもしれないからだ。

安倍政権が平和条約締結を「二島+α」で目指していたとすれば、今後の交渉は「二島-α」のそれとなり、歯舞のみの日本主権下への返還で平和条約を結ぶというシナリオもありそうだ。

北方領土返還運動の終わりの始まり

今回の首脳会談が掘り崩したのは交渉だけではない。北方領土返還運動そのものも大きく揺らぐきっかけをつくった。安倍首相は今回、プーチンの頑な立場に直面し、会談の成功を演出すべく、官邸主導でNHKなどのメディアも巻き込むかたちで、元島民の手紙を用意し、プーチンに渡した。これを通じ、官邸は元島民の墓参などの「自由訪問」の枠が拡大され成果だと強調するが、元島民の多数の反応は厳しい。81歳を越えた高齢の元島民が、道もなく土地もあれた場所にそう簡単に往来できると考えるのもナイーブだが、より問題なのは「手紙」のなかで「領土返還」がまったく主張されなかったことだ。自由に島に行きたいのは確かに島民たちの気持ちだが、それは島が返還されないからであって、もっとも強い彼らの要望は返還そのものであることに疑いはない。プーチンの機嫌を損ねないように内容を精査されたと思われるこの手紙だが、いまだ未公開。元島民でつくる千島連盟の理事長もこの手紙に署名していたため、連盟の会議は批判が続出し、収拾できない状況が続けている。公的には外に対して「四島返還」で一致団結してきた元島民たちだが、今後、そのような団結を続けるのは難しい様相である。運動としての北方領土返還要求も今回の首脳会談の結果として転換を迫られようとしている。

日本のとるべき道・米国のレッスン

以上のように分析すれば、今回の日露首脳会談は当初、安倍政権が想定していた方向とは真逆のかたちで進展した。「成功」と強がる安倍政権だが、、経産省主導のかたちで外務省を外しながら行った今回の対露交渉の「失敗」を恐らく自覚している。本来、この夏にあるはずの外務省人事を前倒しし、新年早々にロシア課のエース的存在を課長に登用した(今回の交渉に当たった課長は財務省に出向)。先の会談の「成果」を少しでも前向きに展開できるように厳しい交渉が課せられているのだろう。

私見を述べれば、官邸の目論見は外れたといえるが、逆に日露首脳会談は、北方領土問題から「四島返還」なる呪縛を解き放ち、交渉や議論の自由度を獲得したともみなせる。しかしながら、日本がいまロシアと関係改善を進めることが国益にかなうかどうかは疑問の余地がある。いまこのまま交渉を進めれば、返還させられる島は二島以下になる可能性が高い。70年の歴史をへて、最終解決が客観的に1956年当時の日ソ共同宣言以下であれば、日本の国力に到底みあった解決とはいえない。より重要なことは相手がプーチンだということだ。

実は安倍首相との共同記者会見で、プーチン大統領は驚くべき歴史観を披露した。北方領土にあたる島々は太古からロシア領であり、1855年の日露の条約で日本にロシアが渡したものである、さらに日本はその後、領土拡張をつづけ、サハリン北部まで占領したこともある。つまり、ロシアはそれを取り返したに過ぎないと。プーチンは「歴史解釈のピンポン」はやめようと確かに続けるのだが、この史実に即さない一方的な歴史解釈は「プーチンを信じる」ことの難しさを感じさせる。

トランプ大統領がプーチン大統領に「弱み」に握られているかどうかは定かではない。トランプ大統領が対ロシア関係改善に進むのならば、これは日本にとっても対ロシア関係改善の追い風になるだろう。他方で地政学的に緊張関係が続く米露関係は構造的には変わらないとする見方もある。その場合、たとえ米露関係が改善されても一時的なものにとどまる可能性もある。日本は同盟国として今回のプーチンとの交渉の実態を米国とより共有し、プーチンときちんと向き合うことからスタートすべきだろう。それはいまの移ろいやすい米国の政権がロシアに翻弄されないための貢献でもあり、また日本がロシアに足元をこれ以上みられないための対応策でもある。日米同盟の真価は、巷でいわれているような中国とどう向きあうかという文脈ではなく、実は大西洋と太平洋をそれぞれにまたいでプーチンという強い相手のもとで、グローバルにどう協働するかという点にあるかもしれない。

 


USJI Voiceは、USJIの連携大学の研究者による政策関連オピニオン・ペーパーです。USJI Voiceでは、日米関係やその関連トピックに関心のある専門家の方々に向けてさまざまな記事をお届けします。
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