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USJI Voice

USJI Voice Vol.28

パリ協定で脱炭素社会へ移行を急げ

2017.09.06
Kazuo Matsushita
松下 和夫
京都大学名誉教授

脱化石燃料文明を意味するパリ協定

気候変動に関するパリ協定は地球全体の気候変動に関する野心的長期目標を定め、化石燃料からの脱却へのメッセージを出した。先進国の率先的行動と途上国の参加を包括する枠組みを構築し、継続的レビューと5年ごとの対策強化サイクルを定めた。各国は国別目標提出と目標達成国内措置の追求などが義務付けられている。

パリ協定では、産業革命以来の全球平均気温上昇を2℃より十分低く、さらに1.5℃に抑えるよう努力することを目標としている。このため、今世紀後半に、世界全体の人為的温室効果ガス排出量を人為的吸収量で相殺するという目標を掲げている。これは人間活動による温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標で、脱化石燃料文明への経済・社会の抜本的転換が必要だ。

始まった脱炭素社会への動き

脱炭素社会への抜本的転換はすでに始まった。再生可能エネルギーコストは急速に下がり爆発的普及が続く。2005年末から10年間で、世界の風力発電導入量は約7倍(59GWから432GW)、太陽光発電導入量は約46倍(5.1GWから234GW)に拡大。2014年、15年は世界の石炭消費が前年比で減少した。

国連環境計画(UNEP)によると、2015年の大規模水力以外の再生可能エネルギーに対する世界投資額は2,860億ドルで、2004年時点比で6倍以上、同時期の化石燃料発電への投資額は1,300億ドルで、再生可能エネルギーの半分以下にとどまる。

100%再生可能エネルギーに転換宣言した企業(RE100)(*1) は、イケア、ブルームバーグ、リコーなど96社、科学的根拠に基づくCO2削減目標を推進するScience Based Targets Initiative (*2) への加盟企業も286社に急増した(いずれも2017年7月4日現在)。

日本でも脱炭素社会実現への経営層への働きかけを行う「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」(Japan-CLP) (*3)が、大幅CO2排出削減に向けた経営手法(科学的目標設定、企業内での炭素価格付け等)や協働ビジネス検討などを行っている。

世界主要機関投資家の間で、石炭等化石燃料を「座礁資産」(パリ協定の目的達成のための規制強化等により使用できなくなるリスクがある資産)と捉え、企業価値・気候変動リスクを認識し、化石燃料関連投資を引き上げる動き(ダイベストメント)が拡大している。ノルウェー公的年金基金は石炭関連株式の売却方針を決定し、ドイツ銀行では新規石炭火力発電所の建設及び既存石炭火力発電所拡張に対する投融資を行わない方針を公表した。

民間金融でもグリーン・ファイナンスの動きが顕著だ。国際エネルギー機関(IEA)によると、再生可能エネルギーとエネルギー効率向上投資に、2035年までに53兆ドルが必要としている。膨大な資金需要に応える気候変動対策事業に特化したグリーン・ボンド、グリーン・インベストメント・バンクなどの活動が拡大している。

米国のパリ協定離脱表明

トランプ米大統領のパリ協定離脱演説(2017年6月)は、世界各国、自治体、産業界、市民社会などのパリ協定に対する取り組みへの意思を再確認し加速させた。

ブルームバーグ・前ニューヨーク市長が呼びかけた声明「We Are Still In(私たちはまだパリ協定にいる)」には、ニューヨークやカリフォルニアなど9州や全米125都市に加え、902の企業・投資家、183の大学が署名した(2017年6月5日現在)。カリフォルニア州では2045年までに再生可能エネルギー100%を目標とする法案が州議会で可決された。

世界ではEU加盟国、中国その他途上国は米国抜きでパリ協定の実施を進める決意を固めている。ドイツのG20サミット(2017年7月)首脳宣言では、「米国以外の参加国は、パリ協定の完全実施に向け強い決意を再確認する。化石燃料のクリーンな利用を支援するため米国は他の国と緊密に協力する」と記載された。

脱炭素対策を契機に新たなイノベーションと持続可能経済の構築を

我が国はパリ協定下、2030年度26%(2013年度比)排出削減目標の達成に向けた対策と、長期的目標として2050 年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指している。このような大幅な排出削減は、従来取組の延長では実現困難だ。

政府の2030年のエネルギーミックスには問題が多い。省エネ、再エネの見込みが小さすぎ、原子力発電20∼22%は非現実的だ。石炭火力を26%に増やすことはCO2排出量の観点から過大だ。現在日本では多くの石炭火力新設計画があるが、その電力量当たりCO2排出量は、最新型でも同等天然ガス火力の2倍以上だ。今後の排出規制強化で、化石燃料使用を前提としている火力発電所などは「座礁資産」となる可能性がある。

現在日本政府が策定中の「長期脱炭素発展戦略」 (*4) は、将来の社会経済のあり方を展望した国家発展戦略となるべきものだ。気候変動対策を梃子とした技術、経済社会システム、ライフスタイルイノベーション創出が、長期大幅削減と日本社会が直面する少子高齢化、人口減少、地方の衰退などの経済・社会的諸課題を同時解決する鍵となる。

脱炭素経済への流れは必然で、脱炭素グリーン市場(「約束された市場」)の拡大が予想される。IEAの試算では、2℃シナリオで電力部門を脱炭素化するには、2016 年から 2050 年までに約9兆 ドルの追加投資が必要で、建物、産業、運輸の3部門の省エネを達成するには、2016 年から 2050 年に約3兆ドルの追加投資が必要である(*5)。日本経済の将来は、巨大「約束された市場」へどう挑戦するかにかかる。気候変動対策の実施で、エネルギー支出削減や国際競争力強化、雇用創出に加え、気候変動リスク回避、資産価値向上、エネルギーセキュリティ強化など多様なメリットがもたらされる。

脱炭素経済移行の核が「カーボンプライシング」(*6)(炭素排出への価格付け)で、全ての経済主体に排出削減インセンティブを与え、市場活力を最大限活用し、低炭素技術、製品、サービス等の市場競争力強化の効果が期待できる。炭素価格付けでCO2排出者は排出を減らすか排出対価を支払うかを選択し、社会全体でより公平・効率的にCO2を削減できる。カーボン・プライシングが投資と需要を喚起し、脱炭素型イノベーションを促進する。

カーボン・プライシングの具体的手法には、炭素税と排出量取引がある。わが国現行温暖化対策税は税率が世界的に非常に低く、温室効果ガス抑制には効果を上げていない(*7)。現在の10倍以上の税率の本格的炭素税導入が必要だ(*8)。スウェーデンやドイツなどではわが国よりもはるかに高率の炭素税・環境税をグリーン税制改革の一環として実施し、排出削減と経済的便益を同時達成している(*9)。炭素税収は、所得税減税・社会保険料軽減にあて税収中立とするか社会保障政策の財源とするなど、他の政策目標との統合を図ることも可能だ。

低金利で資金は潤沢な日本経済は、需要不足が課題だ。気候変動対策とそれに伴うイノベーション展開に資金と技術を投入することが、日本経済の基盤と国際的競争力の強化に繋がる。


(*1) http://there100.org/

(*2) http://sciencebasedtargets.org/

(*3) https://japan-clp.jp/

(*4) 環境省は「長期低炭素ビジョン」(2017年3月)、経済産業省は「長期温暖化対策プラットフォーム報告書」(同年4月)を公表している。

(*5) 環境省(2017年)、6頁

(*6) Carbon Pricing Leadership Coalition (2017), 環境省(2017年)

(*7) World Bank(2014) によると、わが国の温暖化対策税(税率:289円/t-CO2)は、世界で導入済みの炭素価格としては最も低い部類である

(*8) Carbon Pricing Leadership Coalition (2017)では、パリ協定実施のためには、少なくとも2020年までにCO2 1トン当たり40–80米ドル、2030年までに$50–100米ドルの明示的炭素価格の導入が必要であるとしている。

(*9) 環境省(2017年)、150頁


参考文献:
環境省(2017年)、「長期低炭素ビジョン」
Carbon Pricing Leadership Coalition (2017),”Report of the High-Level Commission on Carbon Prices”   World Bank (2016), “State and Trends of Carbon Pricing 2016”

 


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