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研究活動

USJI Voice

USJI Voice Vol.30

『欧州の将来に関する白書』によせて -単一市場と単一通貨のロジックを峻別した制度設計を

2017.11.02
Kenji Iwata
岩田 健治
九州大学EUセンター長、九州大学大学院経済学研究院 教授 / 日本EU学会理事長

ローマ条約60年―欧州統合の経済面での成果と課題

本年はEUの起源となった欧州経済共同体(EEC)創設を謳ったローマ条約締結から60年に当たる。この間の統合の成果は、経済分野では1992年市場統合で完成した「EU単一市場」(含関税同盟・農業共同市場)と、1999年のEMU(経済・通貨同盟)創設によりスタートした「単一通貨ユーロ」の二つに集約される。この二つの統合は全く異なる経済ロジックで動いており、それぞれが独自の「コスト・ベネフィット」構造を有している。

単一市場(含関税同盟)の利益は、⑴関税同盟による価格低下、⑵市場統合による、①非関税障壁除去のコスト削減、②域内レベルでの企業間競争を通じた規模の経済の実現等からなる。こうした利益を手に入れるためのコストは、統合の利益に与れない劣位産業や地域に対する手当てが中心となる。1968年の関税同盟実現から1992年の単一市場完成へと至る単一市場形成の動きは、貿易・投資の拡大や規模の経済の実現などを通じて経済成長を助け、①コアの先進国間の経済水準の収斂と、②新規に加盟した周縁国のコア諸国の高い経済水準への収斂を実際にもたらしてきた(データは森井裕一編『ヨーロッパの政治経済・入門』有斐閣、第11章を参照)。

他方、単一通貨の導入により、通貨圏内での投機的通貨アタックはなくなり、為替相場の不透明性や通貨交換コストも除去される。こうした通貨の安定性がもたらす利益は、金融グローバル化時代にあっては絶大である。ユーロ危機のただ中の2011-14年の間に、バルト3国がユーロを導入した事実がそのことを如実に物語っている。他方で、こうした利益を実現するため、参加国は自国の金融政策を放棄し、為替相場による対外調整手段も失うことになるが、ユーロ導入後の経験はこうしたコスト(特に後者)が当初想定していた以上に大きいことを示している。それに代わる域内不均衡調整の手段としては、①賃金による調整、②労働移動、③財政移転などが想定されてきたが、どれも十分に機能していないし、どれが望ましい手段かについても論者によって意見がわかれている。実際1人当りGDPは、1999年のユーロ導入を境に収斂から乖離へと転じ、危機後一人勝ちを続けるドイツと構造問題を抱えるイタリアとの間で一貫して格差が拡大している点を我々は直視する必要があろう(図1参照)。

『欧州の将来に関する白書』に寄せて
―成果を出せる制度構築には統合の二つのロジックの峻別が不可欠

2000年代以降EU経済は、世界金融経済危機とユーロ危機という、二つの大きな病に相次いで倒れたが、これは上述の二つの主要な統合領域において、ベネフィットとコストのバランスが一時的に後者に大きく傾き、統合の純経済利益が枯渇したことを意味している。特に単一通貨を維持するためのコストをどう最小化するかが大きな課題となっている。

そうした中、2017年3月、欧州委員会は『ヨーロッパの将来に関する白書』を公表。英国を除くEU27カ国が進むべき道として、5つの選択肢――①現行通りに進む、②単一市場に限定する、③統合の深化を望む構成国だけで進める、④統合分野を減らし効率的に進める、⑤全体として統合を深化させる――を示した。

白書については、現在EU内で広く議論が行われているが、経済統合理論に沿って考えるなら、二つの異なるレベルそれぞれにおいて統合の純経済利益を再び可視化し、その果実を遍くEU市民に配分できるものでなくてはなるまい。そうした観点から見た場合、白書が示した5つのオプションのどれか一つだけを単独で選択するのではなく、むしろ複数のオプションを賢く組み合わせることが正解への近道と考えられる。すなわち、(1) ②のマルチスピード型統合を基本としつつ、「マルチ」の範囲を「単一市場と単一通貨」の二つだけに絞りこみ、(2) 単一市場参加国については厳格に②のみを適用し、(2) 単一通貨参加国については⑤を適用する、という方法だ。

単一市場:縮小ではなく拡大の追求こそ
― 絶対命題ではないOne Market, One Money

まず単一市場と単一通貨が異なるロジックと異なるコスト・ベネフィット構造を持つという上述の議論からは、両者の切り離しが必要だろう。現在EU加盟国は、「One Money, One Market(単一市場には単一通貨を)」というロジックのもと、EU(単一市場)に参加すると同時に、単一通貨への参加準備が義務付けられ、そこから逃れるためには英国のようにOpt-out条項を別途勝ち取らなければならない。EU加盟国が単一通貨への参加を義務付けられることなく、単一市場だけにとどまり、その純利益を享受できる制度を構築すべきであろう。

そのうえで単一市場に参加する諸国のベネフィットの最大化を追求すればよい。単一市場の利益の柱が「規模の経済」にあることを考えるなら、ブレグジットは当事国の英国にとってのみならず、残されたEU27カ国にとってもマイナスだ。特に、英国が得意としてきた金融分野、製造業のなかでも自動車・医薬品などの分野ではEU側が失うものも大きい。単一市場へのアクセスを確保する「ソフトな離脱」を通じて英国が引き続き単一市場の一員に留まることがEUにとっても利益となろう。また過去60年の統合の経験に照らして一人当たりGDPEU平均の6割台まで達した近隣諸国(EU加盟申請を行っているバルカン諸国のみならず、北アフリカ諸国が将来の候補となりうる)については、積極的に単一市場を拡大していく策を講じることが、結果としてエリア全体に利益をもたらすことになろう。

単一通貨:統合の深化だけがユーロ生存の道

単一通貨の想定外に大きなコストを最小化するため、ユーロ制度改革が進んでいる。2015年6月、EUは『EMU(経済・通貨同盟)の完成に向けて』を公表。金融システムの安定化と強化を図る「金融同盟」、域内経済の収斂や雇用・成長の促進を目指す「経済同盟」、域内各国財政を監視し、共通のEU財源を用いて域内経済の安定化を図る「財政同盟」などを、2025年を目標に二つのステップで完成させるというロードマップが示された。このうち、当面の焦点は実効性の高い「経済同盟」の確立にあるといえる。ユーロ危機後輸出主導で一人勝ちを続けるドイツと、経済構造問題を抱え政府債務危機や銀行危機にあえぐイタリアなど南の諸国との間の、かつてない経済格差拡大に終止符を打ち、ユーロ圏に「収斂と繁栄の共同体」を再建できるかどうかだ。そのためにはドイツ側に内需拡大を迫り、イタリア側に痛みを伴う経済構造改革を迫る、マクロ経済政策機関としてのEUの権限が、これまで以上に求められる。経済同盟がその成果を目に見える形で出さない限り、次に控える財政同盟が北から南への一方的な財政資金移転の制度となることは自明で、ドイツなど北の諸国の同意は得られまい。ユーロ存続のためにも、経済同盟の成果を携えて財政同盟に進むという適切なシークエンスを踏まえた、統合の一層の深化が強く求められているのである。

『欧州の将来に関する白書』を巡っては、現在、欧州議会や市民などによる広範な議論が行われており、12月の欧州理事会で指針が採択される予定となっている。それが、経済統合理論の観点からも十分に理にかなっているものであることを期待したい。

 


USJI Voiceは、USJIの連携大学の研究者による政策関連オピニオン・ペーパーです。USJI Voiceでは、日米関係やその関連トピックに関心のある専門家の方々に向けてさまざまな記事をお届けします。
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