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USJI Voice

USJI Voice Vol.31

習近平の冒険:新しいガバナンスモデルの模索は成功するのか

2017.11.14
Rumi Aoyama
青山 瑠妙
早稲田大学 教授

「社会主義の強国」を目指す中国

10月に、中国共産党の第19回党大会が18日から24日まで北京で開かれた。中国の「建国の父」である毛沢東、「改革開放の父」である鄧小平に並び、習近平はこの党大会を通じて自らを「強国の父」の地位を築き上げようとしている。

3時間半にわたる習近平国家主席の党中央委員会活動報告(政治報告)で、建国百周年を迎える今世紀半ばまでの壮大な目標を打ち出した。中国はまず2020年から35年までの15年間(「第1段階」)において、都市と農村の生活水準の差を大幅に縮小するなど「人民全体の共同富裕」を、そして今世紀半ばに「総合的な国力と国際的影響力において世界の先頭に立つ国家を実現するという長期目標を制定した。

しかしながら、習近平が目指しているのは「社会主義」の強国である。習近平は「中国の特色のある社会主義新時代」というキャッチフレーズを創り出し、自らの演説で共産党の優位性を強調し、中国は自由民主主義という西側諸国の政治制度を模倣しないことを明言した。

「開かれた市場」、「民主主義」といった原則を重んじる欧米主導の西側秩序に地盤沈下の危険性が増している一方で、ロシアはウクライナ問題などで拡張主義を強め、民主化に逆行する中国のプレゼンスが拡大し続けている。1989年にアメリカの著名な政治学者フランシス・フクヤマはリベラルな民主主義と市場経済の勝利と宣言し、「歴史の終わり」と予言したが、冷戦終結から30年近くを経て、その楽観論は疑問視されている。

鄧小平型のガバナンスモデルからの転換

鄧小平のリーダーシップの下で進められた改革開放で、中国は年平均2桁の経済成長率で目覚ましい経済発展を遂げた。改革開放の号令が出された1978年の中国のGDPは推定3645億元、一人当たりGDPは381元に過ぎなかったが、その約30年後の2010年の一人当たりGDPは29,762元、そしてGDPでは中国は日本を追い抜いて米国に次ぐ世界第2位に躍り出た。他方、改革開放の問題点も近年露呈してきた。政治腐敗が蔓延し、所得格差は広がり、また環境破壊も深刻化する一方である。

胡錦涛時代から、改革開放の問題を解消させ、国家戦略を体系的に総括的に検討する必要性は叫ばれていた。しかし特殊利益集団によって政策合意が阻害され、中央レベルでの政策立案は機能不全に陥っていた。また「政令が中南海から出られない」という言葉があるほど、中央で制定された政策は地方や現場では実施されず、経済の構造改革が実行できない状況が続いた。共産党政権の存続に強い危機意識を抱いた習近平政権は新しいガバナンスモデルに転換したのである。そのガバナンスモデルの核心に据えられているのは党組織の再建である。

中国は、8900万人、450万の共産党組織を有する世界最大の共産主義国家である。習近平政権1期目から、国有企業はもちろんのこと、私営企業と外資系企業にも党組織が次々と設置された。MoMo、Zhihu、Douban、Qingting FM、Panda TVをはじめとするなど多くの若いユーザーを有するSNSアプリ、Webメディア関連の企業への党組織の浸透は特に重視されている。今では約9割の私営企業、7割の外資系企業に党組織が存在しているという。

党指導体制の強化は一石三鳥の役割が期待されている。まず、党の指導力を高め、共産党支配を強化させる。第二に、党の権威を確立し、反腐敗などを通じて党への信頼回復を図る。第三に、強化された中央レベルの権限で、胡錦涛体制で実行できなかった政策を遂行する。

鄧小平の改革開放政策が採択されてから、中国は一貫して「党企分離」、「党政分離」を推し進め、著しい経済発展を遂げてきた。しかし習近平政権は党の再建を図り、国政における党の指導力を強化させることによって、改革と開放を達成しようとしている。

習近平政権下の共産党政権の合法性

改革開放後の中国において、共産主義というイデオロギーへの凝集性が弱まったが、抗日戦争で勝利を導き、経済成長で豊かさを提供したことが共産党政権の正統性のよりどころになっていると一般的に言われている。経済成長が減速する「新常態」の今日において、習近平政権はひそかに共産党政権の合法性を「社会の調和」と「自然との調和」にすり替えている。

習近平は政治報告で、新しい時代における中国社会の主要な矛盾は「人民の良い暮らしを求めるニーズの増大と、不均衡・不十分な発展」にあると主張した。習の政治報告では、2020年までに農村の貧困人口や貧困地域の貧困離脱が目標とされ、またセイフティ・ネットや医療保険制度の整備も課題として挙げられている。特に環境対策の強化は習近平政権肝いりの政策となっており、環境規制や施策を厳格化して、「美しい中国」の実現を目指している。そのため、中国政府は国有自然資源の管理を強化し、自然生態を監督管理する機構を新設し、汚染排出の抑制に向けて法執行の強化に取り組む方針を打ち出した。

つまり、経済成長が鈍化するなか、習近平政権は共産党のレジティマシーを社会の調和と自然との調和に求めたのである。

中国の経験は成功するのか

途上国にとって、権威主義体制は民主主義体制よりも資源を有効に配分でき、幼稚産業の育成に優れていると中国は自負している。こうした「中国の経験」は途上国に新しい選択肢を示していると習近平は言う。

中国の共産党政権が引き続き強靭性をもつのかは、習近平の新たな冒険の成否にかかっている。習近平は、共産党権力の強化を通じて、腐敗を一掃し、世界トップクラスの軍を建設し、経済の改革開放を深化させようとしている。

経済分野では、胡錦涛政権で実現できなかった国有企業の再編と強化が進められている。中央企業の再編は主に製造業、エネルギー、情報通信、化学工業などの分野に集中しており、国家安全にかかわる重要な領域へ国有資産を集中させ、競争力を高めることが目的であるという。

他方で、習近平政権は、「資源配分で市場に決定的な役割を担わせ」、「市場を志向した改革を敢行」しようとしている。中国はいま自由貿易実験区により多くの自由権を与え、ネガティブ・リストの導入にも積極的に進めている。

さらに、党の指導を強化する一方、権力の下放も推進している。李克強の指導のもと、行政審査の手続きの簡素化が奨励され、分権化も進んでいる。

党指導の強化で共産党政権の安定化と改革開放の推進を図る習近平のガバナンスモデルは多大なリスクをはらんでいる。伝統文化への復古と抗日戦争勝利の宣伝はナショナリズムを高揚させ、中国と周辺国の関係を不安定化させかねない。

2期目に入ろうとする習近平は、市場の自由化を掲げているが、実際のところ党指導の強化が最優先事項となっている。胡錦涛時代からの積み残した課題である不動産バブルや債務問題、過剰投資にはまだ有効な取り組み策が打ち出されていないままである。

党の指導、行政規定、国家の関与で供給サイド改革に臨むその実態は、市場重視の路線からむしろ遠ざかりつつある。上海自由貿易実験区の事例からもわかるように、司法の独立、政治改革を抜きにして改革開放の深化と成果を上げることは難しい。また政府による厳しい資本規制は人民元の安定に寄与する反面、人民元の国際化を大きく阻んでいる。

党の指導力強化は、一方では「社会の調和」、「自然との調和」をもたらし、共産党政権の合法性を提供することができるかもしれない。他方において、レーニン主義の政治体制の強化は市場経済の深化を阻んでいる。さらに将来党の指導力が弱体した場合、いま進められている権力の下放により、国家としての求心力を一気に失う可能性も無視できない。習近平政権の模索は予測できない大いなる冒険である。

これまで世界秩序をけん制してきたアメリカをはじめとする西側諸国が内向きの姿勢を強める現下の世界情勢において、日本が果たせる役割は極めて大きい。日本は海洋進出を強める中国の動きに対して南西諸島の防衛体制の増強や日米同盟をはじめとする二国間、多国間の安全保障体制の強化に努める必要がある。他方において、権力基盤がある程度固まった習近平政権は対日関係の改善に動き始めたが、これをチャンスとして捉え、日中関係の安定化を図ることが何よりも重要である。さらに、中国の一層なる対外開放と市場経済メカニズムの採択を後押し、世論の自由と人権の擁護問題で中国に圧力をかけるなど、積極的な対中政策も、日本が先陣に立って進めるべきである。

 


【執筆者略歴】
青山 瑠妙(Rumi Aoyama)
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。法学博士。2005~2006年、スタンフォード大学客員研究員。2016~2017年、ジョージ・ワシントン大学客員研究員。専攻は現代中国外交。著書には、『現代中国の外交』(慶應義塾大学出版会、2007年)、『中国のアジア外交』(東京大学出版会、2013年)、『外交と国際秩序(超大国・中国のゆくえ2)』(東京大学出版会、2015年)、『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)などがあり、ほか論文多数。

【執筆者関連イベント】
USJI Week (September 2016) Event 2: Between and Betwixt: ASEAN and the Re-balance within Asia

 


USJI Voiceは、USJIの連携大学の研究者による政策関連オピニオン・ペーパーです。USJI Voiceでは、日米関係やその関連トピックに関心のある専門家の方々に向けてさまざまな記事をお届けします。
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