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USJI Voice

USJI Voice Vol.34

日本のテロ対策法制と今後の方向

2017.12.19
Hideyuki_Ohsawa_USJI_Voice
大沢 秀介
慶應義塾大学 教授

日本ではヨーロッパやアメリカで頻発する国際テロはこれまで見られないが、1995年3月に都心の地下鉄内で宗教カルト集団のオウム真理教が猛毒の化学兵器サリンを用いて大量殺傷行為を行い、国際テロの実行方法に大きな影響を与えことがあり、日本も国際テロと無縁ではない。さらに、2020年の東京オリンピック開催時には、訪日外国人数は三千万人以上に上ると予測されており、国際テロを未然に予防する新たな対策の必要性は高まっている。それでは、現在日本でどのようなテロ対策法制がとられ、どのような課題を抱えているのであろうか?

日本のテロ対策法制は、包括的な内容をもった単一の規制立法が存在しないという特色を有する。もっとも、2008年のサミット開催時に政府部内で国際テロへの対応強化のために包括的なテロ対策基本法の制定が検討されたことがあった。その内容はテロの未然防止を目的として、「テロ組織やテロリストと認定した組織と人物に対して、①一定期間の拘束、②国外への強制退去、③家宅捜索、④通信傍受などの強制捜査権を行使することを想定」していた。しかし、その構想は法案化されることはなかった。このような状況の中で日本の現行テロリズム法制は、テロの未然予防に係わる各側面に関する複数の法令から構成されている。現行のテロリズム法制について、ここでは出入国管理対策および重要インフラ施設の防護などのテロリストからの保護の側面とテロ資金対策およびテロ関連情報の収集・分析などを通じたテロリストの追及の側面に分けて見てみることにしたい。

テロリストからの保護の側面

テロリストからの保護で最も重要な点は、外国人テロリストの日本への入国を未然に防止することにある。そのために、出入国管理および難民認定法が2006年5月に改正され、「乗員・乗客の事前報告義務」が義務付けられ(57条)、さらに2007年11月20日から入国審査時に16歳以上の外国人に指紋及び顔写真の個人識別情報の提供が義務化された(6条3項)。外国人が,指紋または顔写真の提供を拒否した場合は,日本への入国は許可されず退去命令を受けることになる(7条4項・10条)。つぎに、2009年に外国人登録法が廃止されて入管法に在留管理の機能が一元化された際に、法務大臣が外国人の中長期在留者を対象に在留管理に必要な情報を継続的に把握する制度が導入された(19条の3)。この制度は2012年から施行され、中長期在留者に基本的身分得的事項や住居地等を記載した在留カードを交付し、そのカードが銀行口座の開設、携帯電話の契約など社会生活の多くの場面で使用されることによって情報を把握している。カードを偽変造等した者(24条3号の5)、虚偽の住居地等の届出をした者または在留カードの提示義務違反者等(75条の2)は、制度の根幹を揺るがすとして退去強制の対象とされる。

つぎに、テロリストからの保護の側面として、公共交通機関と原子力発電所などの重要インフラ施設の防護があげられる。公共交通機関に関しては、2020年のオリンピックに向けて新幹線のテロ対策が課題とされているが、現在の対策は駅構内や列車内での警戒強化にとどまっている。この点で、手荷物検査や警察犬による駅構内パトロールが行われているイギリスやアメリカとは異なっている。また、監視カメラによるモニタリングは駅構内では行われているが、列車内ではプライバシーの保護のために行われていない。原子力発電所については、テロが発生した場合には発電所自体がダーティ・ボムとなり大きな脅威を示すことは、すでに福島第一原発事故によって明らかなものとなっている。そこで、核物質などの放射性物質の防護と原子力施設等の防護という二側面からなる核セキュリティの概念が提唱され、原発関係者個々人の信頼性確認が重要な課題となっている。この点に関連して日本では原子炉等規制法68条の2で、核物質防護対策の強化の一環として原子力事業に関係する特定核物質保護に係る秘密保持義務が定められ、秘密情報管理に関する法整備が一部行われた。しかし、アメリカにおける厳格なセキュリティ・クリアランスではない。その背景には、セキュリティ・クリアランス制度の導入にあたって適用対象者の指紋採取と犯罪歴のチェックが欠かせないため、個々の職員のプライバシー権との調整という課題が存在している。

テロリストの追及の側面

つぎに、テロリストの追及の側面ではテロ資金対策が重要である。現代の国際テロリスト組織の拡散化により、テロリストやテロ組織の把握がますます困難になっている。その点でテロ資金に関する情報を把握することは、テロリスト組織の運営や資金提供者を掌握することに大いに役立つ。日本のテロ資金対策に関する最近の立法は大きな変容を見せている。日本では、2014年にテロ資金提供処罰法一部改正、国際テロリスト財産凍結法、犯罪収益移転防止法一部改正のいわゆるテロ三法が成立した。これらのテロ三法は、いずれも国際機関であるFATF(Financial Action Task Force)の要請に応じて制定されたものであるが、テロ資金提供処罰法一部改正は、物質的支援として、資金に加えて土地、建物、物品などの利益を提供・収集した場合にも処罰の対象とし(2条1項)、またテロ協力者による資金等の収集、間接的な提供・収集も犯罪とした(3条-5条)。国際テロリスト財産凍結法は、国家公安委員会により指定されたテロリスト(3条・4条)に対して、金銭、有価証券、貴金属等、土地、建物、自動車など政令で定める規制対象財産の取引を許可対象として原則禁止とし(9条)、また指定されたテロリストを相手方とする取引を禁止した(15条)。犯罪収益移転防止法の改正は、疑わしい取引か否かの判断方法を主務省令で定めるマネー・ローンダリングに悪用されるリスクに対応して、銀行が個別取引ごとに顧客管理を実施することを求め、また取引時の厳格な確認義務の明示を求めることを内容とするものであった。

さらに、テロリストの追及にはその所在を高精度に追及する手段が重視される。この点で、日本の最高裁が2017年3月の判決で、GPS端末を個人の車両に取り付けて位置情報を検索し把握するGPS捜査について、本人の承諾なくかつ令状なしに行うことは、個人の行動を継続的、網羅的に把握するものであるからプライバシーを侵害しうるものであり違法であるとする判断を下したことが注目される。ただ、最高裁はGPS捜査が今後も広く用いられる有力な捜査であるためには人権との調整を図る必要があるとし、実施可能期間の明示、第三者の立会い、事後の通知等をその合法化のための手段として提示し、立法化措置を講じることを求めている。その意味で今後の立法がそれらの手段をどう取り入れるかが注目される。

今後の動き

いままで述べてきたように、日本の現行テロ対策法制に対してはGPS捜査や原子力発電所のテロリストからの防護などで立法による対応が求められており、またオリンピック開催に伴う外国人入国者の増大が国際テロを招く可能性があり、今後立法による対応が求められる場面が予想される。さらに北朝鮮情勢の悪化等も考えると、包括的なテロ対策法の必要性も高いように思われる。そのような立法を想定する場合に、2つの方向性があると考えられる。1つは、イギリスのテロ法制に代表されるような広汎なテロの定義を採用しつつ、テロ対策に必要な権限を広く行政権に付与していくという方向である。この考え方は、GPS捜査に関する判例などに示されるように、テロ対策によってプライバシー権などの人権を侵害するという声が日本では強く実現には困難が予想される。そこで、もう一つの方向として、法治主義の下で立法権が中心となってテロ対策機関の権限・組織や人権との調整を重視した立法を行うということが考えられる。このような方向性をとった場合に問題となるのは、テロ対策で特に重要となるテロ関連情報について、警察と情報機関の権限をどのように定め、人権侵害の生じないような情報共有システムをどのように構築していくかということであろう。その点で、イギリスの独立検査官制度やドイツの統合テロリズムセンターのような立法権と行政権からある程度距離を置いた機関の設置が考えられよう。

 


大沢秀介(オオサワ ヒデユキ)

慶應義塾大学法学部助手(1977-1980)、同専任講師(1980-1984)、同助教授(1984-1989年)を経て教授(1989-現在)。専門は憲法学、アメリカ憲法研究。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程、博士課程(1975-1980)、 ハーバードロースクール修士課程(LL.M.)修了(1982)、慶應義塾大学法学博士(1988)。単著『現代型訴訟の日米比較』(1988)、『アメリカの政治と憲法』(1992)『アメリカの司法と政治』(2016)、編著『市民生活の自由と安全―各国のテロ対策法制』(2006)、『自由と安全―各国の理論と実務』(2009)『変容するテロリズムと法―各国における〈自由と安全〉』(2017)ほか多数。
メールアドレス:ohsawa(at)law.keio.ac.jp

 


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