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USJI Voice

USJI Voice Vol.35

北朝鮮の対話攻勢をどう読むか

2018.01.17
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礒﨑 敦仁
慶應義塾大学 准教授

朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)を読み解くのに必要な情報は極端に制限されている。金正恩国務委員長の実像や政策決定過程などに関する核心的な証言がほとんど得られない現状では、北朝鮮自身が発信するメッセージを検証することが重要になってくる。筆者は、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』の精査によって読み解けることと読み解けないことの線引きに関心を持ってきた。このような北朝鮮版クレムリノロジ―が万能な研究手法だとは考えていないが、プロパガンダとはいえ同国の方向性を見極めるのには有益である。例えていうならば、マニフェストの分析に近いのではないか。マニフェストが現実からかけ離れている可能性はあるにせよ、発信者のビジョンや論理を知るには有意味だということだ。とりわけ毎年元日に恒例となっている金正恩国務委員長の「新年の辞」は、今後一年間を占ううえで欠かせない材料となっている。

「新年の辞」における対話攻勢

今年で6回目となった「新年の辞」には例年以上に多くの注目点があった。昨年11月29日のICBM発射の際には共和国政府声明を通じて「勝利」宣言が出されたが、元旦のスピーチでも金委員長自ら「国家核武力完成の歴史的大業を成就した」と宣言し、「核」への言及は昨年の4倍以上に増えた。「米本土全域がわれわれの核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の執務室の机上に常に置かれている」と述べ、「核弾頭と弾道ロケットを量産して実戦配備すること」も命じている。しかし、演説全体から読み取れる最大の特徴はむしろ韓国への対話攻勢であった。金日成・金正日バッジを付けないスーツ姿は昨年と同様だが、その色は明るいグレーで、融和姿勢を演出したものだとの分析も出ている。

予想以上に踏み込んだ内容だったのは、2月に開催される平昌冬季五輪について「代表団の派遣を含めて必要な措置を講じる用意」があると表明したくだりだ。それまで北朝鮮国内では「南朝鮮」での五輪開催について明確に公表されておらず、党機関紙『労働新聞』など公式メディアで触れる際には「国際行事」などとぼやかした表現を用いてきた。

今回の対話攻勢が米韓同盟にくさびを打つ離間策の一環であることは、「わが民族同士」というスローガンに3回も言及し、「北南関係は、あくまでもわが民族の内部問題であり、北と南が主人となって解決すべき問題」などといった発言から明らかである。

同時に、米国との衝突を避けたいという思惑も透けて見える。わずか30分ほどの演説で「平和」は10回も連呼され、「責任ある核強国として、侵略的な敵対勢力がわが国家の自主権と利益を侵さない限り核兵器を使用しない」と強調された。

2016年1月から外交を一切無視するかのように核・ミサイル実験を強行してきた金正恩政権だが、昨年9月3日に強行された6回目の核実験の時から『労働新聞』の論調は明確に変化していた。9月下旬からは、金正恩委員長の動静報道から突如として軍への視察が消え、その代わり経済関連活動に集中するようになっていたのである。対米抑止力の確保に自信を深めたのであり、韓国への対話攻勢は遅くともこの頃から具体的な戦略が練られたはずである。

金正恩委員長は、経済制裁が強化される中でも「人民生活の向上」を目指す姿勢を明確にしている。金正日時代に掲げられた「先軍」という用語はついに姿を消した。そうした状況下で最も接近しやすい相手として、民族主義的で北朝鮮に宥和的な文在寅政権を選ぶのは当然の流れであったといえる。

経済政策は、金日成時代の千里馬運動になぞらえた「万里馬」や「自力更生」が強調されるなど、経済制裁にも左右されない「自立経済」への回帰の方向性が色濃い。

南北対話の再開

1月9日には、「新年の辞」に文在寅政権が応じる形で南北閣僚級会談が開催された。北朝鮮の平昌冬季五輪への参加や軍事当局者会談の開催について決定され、2000年に金正日国防委員長と金大中大統領の間で署名された「南北共同宣言」を尊重し、「南北関係で提起されるすべての問題を、わが民族が朝鮮半島問題の当事者として、対話と交渉を通じ解決」するとうたわれた。

しかし南北対話がどこまで進展できるかは、トランプ米政権の支持如何によるだろう。北朝鮮が核・ミサイル問題で譲る気がなければ、金正日政権と金大中・盧武鉉政権との間で築かれた蜜月関係への回帰は困難である。

しかし、そのことは北朝鮮側も承知のうえで今回の対話攻勢を仕掛けてきたと考えられる。「南朝鮮」での冬季五輪開催は、スポーツ好きで複数のスキー場を建設した金正恩委員長にとってプライドを傷つけられるような出来事でもあり、北朝鮮側が積極的に参加したいというものではない。北朝鮮がほぼ無条件で参加を表明したことは、韓国に対する一方的な「贈物」となっており、今後の駆け引きはその代わりに北朝鮮が韓国から経済協力など具体的な利益を引き出せるかどうかに移っていく。

現時点では北朝鮮が韓国と核・ミサイル問題に取り組む姿勢は全く見せていない。しかし、トランプ政権が北朝鮮との交渉に動かないのであれば、ミサイル発射の一時停止宣言などを提示するといった揺さぶりを仕掛けてくることも考えられる。2002年の日朝首脳会談では拉致問題が主要課題であったにもかかわらず、北朝鮮はブッシュ米政権を説得させるためにも小泉総理に対してミサイル実験のモラトリアムなどの「贈物」を用意していた。北朝鮮を展望するにおいては、大胆な政策転換の可能性も排除するべきではなかろう。

膠着状態にある日朝関係

南北朝鮮が対話局面に入った一方、北朝鮮に対して「国際社会の連携による最大限の圧力」を加えていくという日本政府の姿勢に変化は無い。日本は10年以上にわたって北朝鮮への経済制裁を強化し続け、2010年以降は輸出入ともにゼロであるため、金正恩政権に変化を促しうるような独自のカードが欠如しているのである。しかし、南北対話の再開で明らかなように、日米韓の三カ国すら足並みを揃えるのは非常に困難であり、ましてや中ロを含む5カ国で対北朝鮮政策を一致させるのは不可能である。北朝鮮問題において圧力を掲げ続けることは、あまりに理想主義的すぎるのである。

日本には核・ミサイル問題のほか拉致問題も存在している。1970年代から80年代にかけて北朝鮮の工作員が日本の主権を侵害して日本人を拉致した事件であり、日本政府認定の被害者だけでも17名にのぼる。2002年には小泉純一郎総理が訪朝して金正日国防委員長と日朝首脳会談を行なった結果、5名の被害者が数十年ぶりに日本への帰国を果たしたものの、残りの被害者はいまだに北朝鮮で安否不明のままである。

安倍晋三総理は、自らの政権の間に問題を解決してみせると何度も表明してきたが、問題進展の兆しは全く見えてこない。そろそろ拉致問題を核・ミサイル問題から切り離して金正恩政権と向き合い、政治的決断をもって前進させなくては拉致被害者家族や世論が「本気で拉致問題に取り組んでいるのか」との不信感を表明しても仕方ない局面に来ている。拉致問題は日本政府が独自外交によってのみ進展可能な問題である。

 


【執筆者略歴】
礒﨑敦仁(イソザキ アツヒト)

1975 年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、中国・上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。共著に『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社、2017 年)など。専門は北朝鮮政治。

 


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