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USJI Voice

USJI Voice Vol.38

トランプ「貿易」戦争と日中関係の雪解け:地域統合の持つ国際政治効果

2018.11.07
寺田 貴
同志社大学 教授

トランプ大統領のアメリカがアジアで何をするのか。2017年11月、同大統領の東アジア初外遊の際に、各国メディアはこぞってこの問いかけを行った。しかし、その期待が失望へと化すのにそれほど時間はかからなかった。トランプ大統領の発したメッセージといえば、インド太平洋地域にて二国間通商協定を結びたいという希望のみであり、結果、アジアにおけるアメリカの果たすべき役割について大きな疑念を残すこととなった。特に、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの脱退に象徴されるような多国間主義への無関心は、アジアの経済秩序における力の真空を生み出しかねず、実際、その間隙を縫うように中国が自由貿易の重要性を訴えるだけではなく、自らがその推進に指導力を発揮する意思を表明している。例えば、一帯一路(BRI)構想や例外条項の多い自由貿易協定(FTA)など中国が好む国家主導型の経済成長を助長するイニシアチブを通じて、自らの成長モデル、さらに非民主主義政治モデルを域内に拡散するネットワーク強化を図っている。
トランプ政権の利己的な米国第一主義に基づく対外政策の遂行は、多くの東アジア諸国にとって有効な代替案のないままに各国の中国傾斜に拍車をかける格好となるなど、中国が力を入れる一連の経済協力の進展をさらに促す結果をもたらしている。その傾向はトランプ大統領の2018年度のAPEC及びEASへの不参加発表によりさらに強くなる公算が強い。
そのような情勢下で、安倍首相が自民党総裁選で勝利を収め、最長2021年まで首相を務めることが可能になった。安倍首相はトランプ大統領との個人的な関係維持を重視する対米外交を展開してきているが、その証左は、トランプ政権による鉄鋼とアルミニウムへの追加関税に対し、EUやメキシコ、カナダなど米国の主要貿易相手国は躊躇なく報復措置を履行することを表明したものの、日本はこのような国々に追従する意思を示してはいないことに見て取れよう。他方でトランプ政権が中国と互いに一歩も引かない貿易戦争にのめりこむ間に、日本は中国との関係強化に乗り出したことは従来の安倍政権の外交方針の変化への一歩と言える。2012年12月に発足して以来、安倍政権の経済外交が一貫して対米経済関係強化に特化してきたこととは対照的に、好転しない対中関係は安倍政権の外交の行き詰まりとも解釈できる。実際、中国首脳級の訪日は2018年5月の李克強首相まで実現しなかった。こうした現状を打破すべく安倍首相が採った方策は、中国の習近平国家主席の打ち出すBRI構想に、明確でも積極的でもないながらも潜在的に関心をもつという「あいまいな」意思を表明するものであった。この表明に至る過程は、特異な経緯を通じて策定された部分があり、日本の外交政策決定者の間での力学がどのようなものかを示唆している。
「まず、万人が利用できるよう開かれており、透明で公正な調達によって整備されることが重要」と留保しながらも、「日本は協力していきたい」と2017年6月、安倍首相は初めて公式にBRI構想への協力姿勢を、条件付きながらも表明した。これは、偶然にも2年前、同じ国際シンポジウムの晩餐会で「質の高いインフラパートナーシップ(PQI)」を打ち出したまさにその会場での表明となり、中国のインフラ戦略に対する日本の従来の姿勢からの転換を示すという意味で象徴的な声明でもあった。この方針転換に一役買ったのは二階俊博自民党幹事長と、今井尚哉総理秘書官である。

自民党内でも特に親中派と目される二階氏は、2017年5月に北京で開催された一帯一路フォーラムへ出席した際、安倍首相からの親書を習国家主席へ手渡し、中国首脳の早期訪日を要請している。他方、今井氏は総理秘書官であるにも関わらず安倍首相を国内に残して単独での北京訪問を果たし、従来は国家安全保障国の谷内正太郎局長のカウンターパートであり、直近で外交担当の政治局員ポストである中央外事工作委員会弁公室主任に昇進した楊潔篪国務委員との面会を果たしている。今井氏は『文芸春秋』のインタビューにて、中国のインフラ戦略に関する文言を含む、安倍首相の親書の中身を書き換えたことを告白、対中関係においてその考えを異にする谷内局長との間に不協和音を生じさせたことを明らかにした。結果として、安倍首相は2017年11月の一連のアジア歴訪において、習主席とはダナンのAPECで、李首相とはマニラのEASで中国首脳陣との面会を果たす。米国のトランプ大統領が地域経済連携に対して関心を示さないことも相まって、中国との経済関係を重視する二階・今井ラインは安倍政権の外交政策決定過程において主要な役割を担うようになる。二階幹事長は、安倍首相が自民党総裁選で三選を勝ち取る際、党内で重要な役回りを担い、今井秘書官も経産省の同僚と同様、日本の製造業等が国内外の市場で競争的に営利活動を展開できる政策を策定する上で重要な人物と見られている。

こうした一連の日本側の転換とは別に、中国側にも日本との関係改善に舵を切るいくつかの要因があった。特に中国を取り巻く国際環境では、朝鮮半島を巡る近隣外交での不振が続き、北朝鮮の長距離ミサイルや核開発は防ぐことが出来ないまま、韓国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)導入により中国全土を監視できることを許してしまった。さらに台湾の蔡政権は中国からの独立を声高に叫び、南シナ海での係争ではベトナムが、また係争国ではない豪州やシンガポールなども批判を強めて、インドとの国境紛争は軍事的衝突を招いた。こうした外部環境を受け、習主席は日本との関係を改善し、中国と周辺諸国との外交的行き詰まりから脱しようとしたと考えられる。既述のように、日本が自らの推進するBRI構想に対して前向きな姿勢を示し始めたことが、その動きを加速することにつながった。

2018年5月には、日中韓の首脳が東京に集い、2015年11月より中断していた日中韓サミットが開催された。中韓の首脳が日本を訪れるのは2011年以来であり、2つの隣国との困難な関係を改善する糸口と注目されていた。同サミットは朝鮮半島の非核化を実現するため共通のアプローチを模索する象徴的な会合ではあったものの、日中両国が何らかの政策で協調するという外交上の喫緊の必要性があったこともまた事実である。この背景には、仮にトランプ政権が日中の関与なしに朝鮮半島の平和実現プロセスを進行した場合、日中両国はこれまで有してきた朝鮮半島における影響力を失うことになりかねない。こうした日本の懸念は、2018年4月27日の南北首脳会談での金正男委員長と文在寅大統領による共同声明で、朝鮮半島での平和的な体制構築の実現に向けた中心的なメンバーから漏れていたことに端を発する。日本側は、この南北共同声明における平和体制構築からの排除を、安倍政権の対北朝鮮関係で最も重要なイシューである日本の拉致問題に関する姿勢を再考する機会であると受け止めた。他方、中国の懸念は、習主席が金委員長のわずか1ヶ月半の間に2回の訪中を歓待し、朝鮮半島の平和構築プロセスにおける米国の影響力を削ごうとしたことからも理解できる。こうした展開を受けた日中の接近は、李首相を国賓として迎え、日本の国会会期中にも関わらず李首相の北海道視察に同行、天皇との面会機会を用意したのは、日帰りであった文大統領の訪日と比して、より鮮明となった。その結果、安倍総理も18年10月での訪中の際は、李首相と2回、習主席と1回の計3回の首脳との会食をするといった異例の歓待を受け、日中関係改善を世界に示すこととなった。

対日関係のテコ入れという中国の日中韓協力に対する関心は、特にトランプ政権発の貿易保護主義政策と苛烈な関税報復によってさらに助長されることになった。そのため、中国は交渉が難航しているRCEPや日中韓FTAといった地域統合枠組みを推進することで自由貿易の精神を誇示しようとしたことは、トランプ政権の対中貿易戦争に対抗するのみならず、潜在的により協調できる国を確保するという戦略の一環でもあり、特に米国の主要同盟国である日本との関係に力を入れ出したと理解できる。元来、中国のRCEPに対する姿勢は、日本が特に力を入れて推進しているTPPと比べて、より低いレベルでの貿易自由化と限られた範囲の経済ルールの形成である。さらに、こうした日中両国の通商政策アプローチにおける姿勢の違いはRCEP交渉の遅滞に繋がり、これまで3度も目標とされた交渉期限を越えている。しかし、日中関係改善は日本のRCEP交渉における妥協の可能性を示唆し、トランプ政権の利己的な通商政策に日中両国が共同して対処するということを意味する。日本はBRIなど中国の一連の対外経済イニシアチブに対して、懐疑的で批判的な見方を維持しているものの、一方でトランプ政権が着手する自動車など主要製品の関税を引き上げるという保護主義政策に対して効果的な対応策を見出せてはおらず、日本の貿易・投資に対するネガティブな影響を少しでも軽減するためにも、東アジア経済秩序を中国と、ある程度協調的に構築していくことへと舵を切るに至った。

以上の点から本稿では、日本のトランプ政権が主張するような米国の知的財産を「掠め取る」中国に対して、その報復として関税の一方的引き上げで臨むような策は避けるべきであり、TPPのような多国間主義の経路を通じて対処されるべきであると主張する。中国市場において、同国の知的財産政策を巡る諸問題に頭を悩ましている企業を抱える日本と似た懸念を有する国々にとって、共同で中国に対して自由で公正な貿易と投資のルールを遵守するよう圧力をかけていくことが出来ると思われる。他方で、中国は貿易、投資、インフラといった経済諸分野において、地域のルール形成過程を独占する試みの中で、日本やインドといった主要大国との関係を改善してきたことに留意が必要である。また、米国がTPPに復帰することは、米中貿易戦争の最中で、日本が経済的な関心を中国にシフトするのを防ぐ点でも有用であろう。こうした文脈から、日本は、米国のTPP復帰を促すために、二国間ではなくTPPの枠内で、さらなる農業産品に対する関税率の撤廃を考慮する必要があるかもしれない。世界的にサプライチェーン網が発達し、どの部品がどの国で製造されたかが複雑になる現代の製造業の通商パターンにおいて、米国にとって関税引き上げが適切な回答であるとは言い難い。さらに中国輸出品への報復関税は米国の消費者だけでなく、例えば中国から米国へ製品を輸出しているApple社のような米国の生産者(及び日本の製造業)にもコスト増という悪影響を及ぼす。そのため、こうした交渉戦術は「アメリカ・ファースト」どころか、米国産業の衰退を招きかねない「アメリカ・ラスト」になる可能性が高い。報復関税を掛け合う米中貿易摩擦が激しくなる一方で、中国はRCEP締結を急ぎ、そのためにも日中関係改善は必要であった。上記のようなサプライチェーンをさらに拡大させるRCEPは米国市場における中国輸出品の価格競争力を引き上げ、対中経常黒字をさらに増加させる効果を持つ。日本はその効果のバランスをとる意味で、TPPへの米国復帰を粘り強く説き続け、18年暮れに発効するTPP-11の参加国拡大を急ぐべきである。


※ この日本語論文の翻訳にあたり大崎祐馬氏(同志社大学大学院)には大変お世話になりました。記して感謝申し上げます。なお本論における誤謬の全ては筆者の責任に帰することは言うまでもありません。


【執筆者略歴】
寺田貴(テラダ タカシ)
同志社大学法学部教授、USJI運営アドバイザー。専門は国際関係論、地域統合論、アジア太平洋の国際政治経済学。1999年オーストラリア国立大学大学院でPhDを取得後、シンガポール国立大学助教授、早稲田大学教授を経て2012年より現職。その間英ウォーリック大学客員教授、ウィルソンセンター研究員(ワシントンDC)を務める。2005年、ジョン・クロフォード賞受賞。

 


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