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USJI Voice

USJI Voice Vol.42

米中新冷戦を叫ぶことの帰結

2019.06.25
中逵啓示
立命館大学教授

このところ、メディアでは連日のように「米中新冷戦」「米中経済冷戦」あるいは「米中ハイテク冷戦」という表現を見かける。ジャーナリストに限らず一部の国際関係研究者ですら、こうした表現を、深い思慮もなく極めて気軽に使用しているように思える。残念ながら、こうした表現は米ソ冷戦史についての彼らの驚くばかりの無知に由来しているように思える。

合衆国はソビエト連邦を1933年になって始めて外交承認した。その部分的理由は、大恐慌に苦しんでいた自国経済を幾分でも立て直すためでもあった。しかしながら、あいにく両国の貿易額はそれほど大きく伸びず、冷戦がはじまった時点では、とるに足りないものに過ぎなかった。

もとより現在の米中経済関係の様相は全く異なっている。いうまでもなく米中は互いに少なくとも最も重要な貿易相手国の一つとなっている。米中は現在、貿易戦争とすら呼べる状況下にある。しかしながら、トランプ大統領ですら中国に封じ込め政策を適用することをさすがに考えてはいないであろう。なぜならそれは米国にとって自らを厳しく罰する行為ともなるからである。冷戦期の封じ込め政策は、少なくとも1960年代末までは、共産陣営に対する全面的な禁輸に近いものであった。それは、現在のトランプ政権が実施している、関税率をある程度引き上げるといった程度のものではなかった。そのような峻厳な政策が可能であったのは米ソの経済関係が、深い相互依存関係や、グローバルなサプライチェーンのかけがえのない一部と、なっていなかったからである。それに対し米中は現在互いに経済的に依存しあっているし、両経済はグローバルなサプライチェーンに深く組み込まれている。華為技術(ファーウェィ)をブラックリスト入りさせた結果、同社の携帯電話はアジア各国で売り上げを著しく減少させているし、同社製品を扱ってきた各国の小売業者から利益を奪っている。台湾の半導体メーカーであるTSMCはファーウェイという重要な供給先を失ってしまった。中国による報復関税は、2016年の大統領選挙時のトランプ支持者でもあった米国中西部の農民たちを苦しめている。もし適切なタイミングで妥協が成立しなければ、中国からのほとんどの輸入品に25%もの関税が課されることになる。そうなれば、多数の部品供給のみならず、アイフォンの組み立てさえも中国で行っているアップルは大打撃を受けることになるであろう。米国内外の製造業者が、中国製品に課される高関税を回避するため、サプライチェーンの構造を変えるには、多大なコストと数年の年月が必要となるであろう。最悪なのは引き上げられた関税を払うのが結局は消費者であるということである。このように今起こっているのは恐ろしく複雑で入り組んだゲームなのである。それは、一方の勝利は他方の敗北(ゼロサムゲーム)という簡単なゲームではないのである。我々が今必要なのは、全体として大きな損失が生じる複雑なゲームにおいて自国や友好国の利害を的確に測定できる有能な指導者や国家機関なのである。残念ながらこのような複雑なゲームをもてあそぶことに、トランプ大統領は最も適していないと言わざるを得ない。

冷戦時のソ連に比して、結局のところ現在の中国は資本主義を否定していない。そればかりか中国はむしろグローバルな市場経済の受益者であることを認めている。冷戦は、対立するイデオロギーや世界観を巡る存在そのものをかけた対立、であった。少なくとも理論的には資本主義は諸悪の根源であり、共産主義がそれに取って代わらなければならないとマルクス主義者たちは信じていた。よって両者は互いの存在そのものを認めることができなかったのである。トランプや習近平の主張にはそのような「科学的運命論」は見られないし、むしろ目先の現金を巡る口論のように映る。

冷戦時経済的禁輸政策を通じ、合衆国はソ連を絞殺、あるいは少なくともソ連の態度を軟化させることを目指していた。しかしながらその政策的効果は限られたものでしかなかった。なぜなら西側とソ連との交易関係が限られていたからである。よって冷戦はむしろ政治領域で戦われた。米国は、共産圏を囲むように、同盟のネットワークを築いたが、それは共産主義の膨張を防ぐためであった。したがつて対立の焦点は明らかに政治的であり、現在の米中対立の性格が経済的であるのと対照的である。例えば現在、政治的には米中ともに北朝鮮の非核化を望んでいるように見える。米国でのインド太平洋戦略を巡る議論は冷戦時の封じ込め戦略を彷彿とさせるが、現在の戦略は、もしそういうインド太平洋戦略に実態があるとすればだが、冷戦時のように同盟ネットワークを構築しようとしているようには見えない。実のところ多くのアジア諸国は米国か中国のいずれかを選ばなければならない事態となることを嫌っている。以上の二つの事例だけでも、冷戦時の対立する二陣営に類する状況に現在がないことは明らかである。ここで繰り返すが、今日われわれが直面している問題は、冷戦時のように一方の前進が他方の交代を意味するゼロサムゲームではないのであり、遥かに複雑な性格の危機なのである。

根源的には冷戦は存在そのものをかけた、総合的な危機であった。よって、経済冷戦やハイテク冷戦といったものは存在しないのである。なぜならそれらは部分的な対立であり全面的な危機ではないからである。率直に言って、「米中新冷戦」という現在の主張は、より単純な「対立」という表現以上のことを意味するものではない。

我々が歴史から教訓を学ぶことは重要である。しかしながら、著名な歴史家であった故アーネスト・メイ教授によれば、人類は現在の危機を理解するために、多くの時代から適切な教訓を探し出すというより、直前の時代の危機からの教訓を安易に適用しがちなのであった。前述の論者たちは、冷戦が直前の時代の危機であったことから、それを引用するという同じ誤りを繰り返しているに過ぎない。冷戦は、実存的な危機であったがゆえに、危険なまでにエスカレートする運命にあった。そして、もし我々が現在の米中対立を「新冷戦」という名で商標化をし続けるならば、実存的危機を招来する自己実現的予言となりかねない。引き返せない地点を越える前に、こうした安易な比喩を停止すべきである。

 


【筆者略歴】

中逵啓示(ナカツジ ケイジ)
1953年生まれ。歴史学博士(Ph. D. シカゴ大学)。広島大学助教授を経て立命館大学教授。2019年より特任教授。その間、1997年マラヤ大学客員教授、2002-3年ブリティッシュ・コロンビア大学客員教授、2006-7年ハーバード大学客員研究員を歴任。専門は国際史、国際政治経済学、アジア太平洋の国際関係。著書『冷戦後の世界と米中関係』(1997年)、著書『中国WTO加盟の政治経済学』(2011年)編著『地域社会と国際化』(1997年)編著『東アジア共同体という幻想』(2006年)、編著『なぜリージョナリズムなのか』(2014年)等


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