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研究活動

USJI Voice

USJI Voice Vol.43

アメリカの貿易政策のパラダイムの変化とその行方

2019.09.20
前嶋和弘
上智大学教授

(1)「自由貿易」から「公正かつ相互的な」貿易へ

アメリカはいま、大きく変貌しつつある。特に貿易政策にその変化は顕著である。

第二次大戦後に覇権国となったアメリカは、自由貿易を円滑に進めるための国際システムを作り上げてきた。代表的なものが、戦後直後に発足させた「関税及び貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade: GATT)」であり、1995年にはGATTの後続としてさらに強制力を持つ世界貿易機構(World Trade Organization: WTO)を立ち上げた。さらに自由貿易を支える国際金融も重要であり、自由貿易の促進や為替の安定を進める国際通貨基金(International Monetary Fund: IMF)を1945年に設立し、現在に至っている。1944年のブレトン・ウッズ協定(Bretton Woods Agreements)では、為替の安定のために、アメリカドルを世界の基準通貨とし、この金とドルの交換比率(為替相場)を一定に保つことを決め、長年、戦後の世界経済の発展を支えてきた。

自由貿易を円滑に進めるための国際システム作りにアメリカが力を入れたのは、1930年代の世界恐慌の際に、保護主義貿易が世界経済を悪化させてしまったという教訓である。アメリカでは議会がスムート・ホーリー法(Smoot-Hawley Tariff Act)を成立させ、記録的な高関税政策を行った。他国も同じように高関税を掛け合った。第二次大戦後のアメリカの貿易政策の基本スタンスに自由貿易があるのは、この関税合戦が、第一次大戦の賠償問題で経済的に疲弊していたドイツ国民をナチス支持に向かわせてしまったのではないかという反省である。「貿易戦争に勝者はない」ということわざに似た言葉も第二次大戦後定着した。

この反省をいま、アメリカは完全に忘れているようにもみえる。トランプ政権発足以来のスローガンである「アメリカ第一主義」は、多国間の自由貿易を推進していたかつてのアメリカとは真逆ともいえる方向性である。「貿易赤字がその国にとって有害である」という見方がトランプ政権にとっては重要である。トランプ氏にとっては、アメリカに黒字を負わせるのは、その国がアメリカを出し抜くことに近いようだ。「赤字なら負け」「黒字なら勝ち」という考えは、国家の富の源泉は貨幣の量であり16-18世紀の重商主義的という過去の遺物とみられてきたものの復活に他ならない。

トランプ政権の訴える貿易政策の根本にあるのは、「公正かつ相互的な」貿易である。ただ、この「公正かつ相互的であること」を定義するのはアメリカ自体であることは、何とも厄介である。「公正かつ相互的であること」は他国から見えれば「保護主義貿易」にみえるためだ。

トランプ政権の貿易政策は、第二次大戦後アメリカが築いてきた自由貿易という理想そのものに対する挑戦でもある。

 

(2)アメリカの焦り、中国の台頭

アメリカのこの大きな変化の背景にあるのが、ここ20年の中国の台頭であるのは言うまでもない。アメリカの対中貿易赤字が急激に増えていく中、「これまでのやり方を変えないといけない」というアメリカ側の焦りがある。

1990年代後半には、すでに将来的に中国の経済的な台頭がかなり現実的に予想できた。貿易パートナーとしての中国の存在が大きくなってくる中、基本的には自由貿易の枠組みに入れて「関与」しつづければ中国の国家資本主義的な体制が減るという見方がアメリカの中で主流になっていった。その象徴的なものが2000年に立法化された「対中恒久正常通商関係(PNTR)」法案であり、中国に恒常的に最恵国待遇を与えることになった。その結果として中国の世界貿易機関(WTO)加盟が認められることになる。

ただ、中国がWTOに加盟した後も中国は国家資本主義的な経済システムは全く変わらなかった。よく考えてみれば、当たり前だったかもしれない。国家資本主義的な政策は中国の政治システムの根本に直結するためだ。その当たり前だったことを中国のWTO加盟当時は予見できなかった。

経済的には途上国から世界第二位のGDPの経済大国に中国がこの20年で一気に駆け上がる中、アメリカの貿易赤字は当然のように増えていく。一方で知的財産権の保護などの中国の対応は遅々として進まない。

「中国だけが結果的に得をする」とみえる状況に対するいらだちがアメリカでは極めて大きくなっている。いら立ちがあっても、自由貿易という理想が貿易政策の根本にあるアメリカの各政権はなかなか対応に苦慮していた。しかし、2016年に当選したトランプ氏はこの状態を壊すように、自由貿易から「公正かつ相互的な」貿易に貿易政策のパラダイムを変えていった。

 

(3)貿易戦争

トランプ政権は中国製品に各種の関税を上乗せし、これに中国が報復関税をかける動きが2018年から続いている。アメリカ国内では「貿易戦争の悪影響」を強調する声もあるが、この声はむしろリベラル派のものであり、保守派とは温度差がある。貿易戦争の見方も近年進んでいる政治的分極化が反映している。

トランプ氏は「脅し(制裁発動)」後の「取引」の誘いを常ににおわせているが、中国としても安易な妥協は望まない。それもあって、トランプ政権の間は、米中貿易協議はかなりの間続くだろう。すでに、「米中貿易戦争」といわれる中、アメリカの対中制裁関税で日本などの企業は中国外への生産移管が加速させている。

中国はWTOの仕組みの中で、中国側が逆に他の国を「自由でない」と主張ができるようなっている。WTOの紛争処理制度に対応する上級委員の承認をトランプ政権は意図的に遅らせており、定員7人がなかなか埋まらない。アメリカはWTOを実質的に機能させないように動いている。アメリカが中心となって作り上げてきた自由貿易のWTOを国家資本主義の中国が利用し、アメリカが機能不全にさせている逆転現象は自由貿易という仕組みが曲がり角に立っていることを示している。

 

(4)日本などへの影響

トランプ政権が問題視しているのは、中国だけではない。日本や韓国、メキシコ、欧州なども同じだ。日米貿易交渉も2019年8月現在、大筋でまとまっていると伝えられている。

特筆すべきなのは、自由貿易から「公正かつ相互的な」貿易(はっきり言えば保護主義貿易)というベクトルは、決してトランプ政権だけで終わらないとみられることだろう。現在のワシントンの空気をみると民主党側も対中貿易に対してかなりの不満があることは明らかである。たとえ2020年の大統領選挙で民主党候補が勝利し、トランプ氏が退任することになったとしても、大きく変わらないだろう。米中貿易協議は次期政権でも継続していくのかもしれない。それこそ冷戦的な本格的に長く続く貿易戦争となっていくかもしれない。

長期化が予見される中、世界はこの大きなアメリカの貿易政策のベクトルの変化をみつめないといけない。そして、この変化は当面は続くものと覚悟しないといけないだろう。

 

 


【筆者略歴】

前嶋和弘(マエシマ カズヒロ)
1965年静岡県生まれ。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『オバマ後のアメリカ政治』(共編著、東信堂、2014年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017)など。など。


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