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研究活動

USJI Voice

USJI Voice Vol.44

サイエンスフィクションのイノベーション応用の動向

2020.10.19
大澤博隆
筑波大学助教

1. サイエンスフィクションのイノベーション応用の動向

フィクション、特にサイエンスフィクション(SF)のもたらす想像力は、今や我々の現代社会の重要な構成要素であり、将来像を駆動させる要因となっている。科学から影響を受け、技術のもたらす社会への影響、人々のドラマ、価値観の変容を描く物語形式として登場したSFは、逆に科学技術者にとって、将来的な未来社会を描く上での指針ともなってきた。ロボット(ロボティクス)、シンギュラリティ、サイバースペース等、SFが由来となった技術用語は数多く存在する。また、iRobot社の立ち上げに関わったロボット工学者のRodney Brooks、VR会社のOculus社を立ち上げたPalmer Luckeyなど、SFから影響を受けたことを公言する研究者や実業家も国内、海外問わず、数多く存在する。

近年では、こうしたサイエンスフィクションを、社会における隠れた「文化資産」と捉え、積極的に利用しようとするアイディアが盛んになっている。
学術の世界では、NatureはSFに関する短編集を2009年より併催し、異分野間の研究者、一般読者の間にイメージをわかりやすく持たせるための手助けとしている。日本国内では人工知能学会、日本ロボット学会、計測自動制御学会、ヒューマンインタフェース学会など、情報、機械、電気に関わる学会が、SFに関する特集記事を継続的に組んでいる。特に人工知能学会の活躍は顕著であり、SF作家をメンバーに取り入れた人工知能に関する倫理委員会を作成し、SF作家と共同でAIの将来を予測する小説や解説を多く出版している。

また、デザイン分野では、問題点を解決するのではなく、問題点を発見し思考するためのデザイン手法として「スペキュラティブデザイン」という手法が提案されてきた。この手法のルーツはいくつか存在するが、その一つは米国のSF作家ブルース・スターリングによって提案された「デザインフィクション」である。また、大企業ではなく、消費者自身がより使いやすい製品を自身でデザインしていくメーカームーブメントという概念が「Wired」の元編集長クリス・アンダーソンが「MAKERS」という著作により普及したが、このアイディアには、SF作家コリイ・ドクトロウの著作「Makers」が影響していることをアンダーソン自身が述べている。

政策動向として、特に米・海兵戦闘研究所が行ったSFワークショップの事例が有名である。2016年には米海軍・海兵隊に所属する18名がSF作家の指導の元、短編を創作している。これらは” Science Fiction Futures: Marine Corps Security Environment Forecast 2030-2045”として公開されている。また2019年には仏海軍が未来の驚異を予測するため、SF作家を集め、軍の人間には予想がつかない混乱シナリオを調査している。

企業動向として、Intel社は製品開発のためにSFプロトタイピングを使用している。またMicrosoft Research社はSF作家を招聘し、自社の研究にインスパイアを受けた創作を集め” Future Visions: Original Science Fiction Inspired by Microsoft”を掲載している。

2. 日米中の動向

本プロジェクトでは、このような動向を実際に直接調査するため、SFと未来社会構想を組み合わせた研究を推進している米アリゾナ州立大学「サイエンス・イマジネーション・センター(CSI)」に、2020年1月末、三菱総合研究所と共同で調査訪問を行った。アリゾナ州立大学では、目的にあわせた様々なSFワークショップが行われていた。大きな特徴の一つは、研究者などの専門家とSF作家でチームを組むプロフェッショナルなワークショップと、一般参加者だけで構成されるワークショップなどで、異なる手法を採用していた点である。特に後者のワークショップでは、SFに慣れていない人にSF的な未来を考えてもらうための工夫がされていた。事務局側が事前に未来に予想される出来事を書いた付箋を準備し、そこからサイコロを振ってランダムに選択をしていって未来年表を作成し、そこから一部の付箋を改変することでSF的な未来を作り出すなどである。このようなゲーム的な方法論により、現実的でありながらも、自らの予想を超える未来を想像することが可能になっていた。

また、SFと産業界・政府機関の連携はアメリカだけの話ではない。中国では近年、SF産業が急成長している。南方科技大学科学・人類想象力研究センター『2019年度中国SF産業報告』によると、中国のSF産業の19年上半期の総生産高は315億6400万元であるそうだ(http://j.people.com.cn/n3/2019/1105/c206603-9629435.html)。この成長の背景には、近年アメリカで『三体』をはじめとした中国SFがビジネスパーソンの間で注目を浴びていることで勢いづいた中国政府による資金投入や後援もあると考えられ、現在、中国においてSFは教育や技術開発と関連して語られる場合も多い。『三体』シリーズの著者である劉慈欣(りゅう・じきん)も、中国で企業や政府機関にアドバイスをしている。

これらに比べると、日本ではSFを様々な形で活用しようという動きはまだあまり多くはないが、アノン株式会社や、WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所といった機関がSFプロトタイピングを用いたコンサルティングを開始している。本プロジェクトでも、三菱総合研究所と共同でSFプロトタイピングの活用を既に様々な現場で実施し始めており、知見を蓄積している。このような実践や観察を通し明らかになってきたSFプロトタイピングの利点を以下に挙げる。クリエイター、研究者、ビジネスパーソンなどを集めて、未来を舞台にしたフィクションを一緒に作ってゆく場合、企業にとっての利点として、批判的な視点から未来のビジョンを得られる効果がある。小説家は提案された技術をもとに人間社会がどのように変わるか、という点からドラマを作るため、技術者が想定できなかった問題点の発見、新たな知見を得やすい。また、開発した研究技術について、社内の部門間を超えたコミュニケーションを促し、共通のビジョンを促進することができる。
一方で作家にとっても利点がある。それは、企業側から専門的知識や現場知を得られ、また、複数の異なる立場からの視点を得られ、一人では作り出すことの難しい作品を生み出すことができるということである。さらに、企業とともに作品を制作すると、企業の製品と一緒に紹介されるなど、世界に広がるチャンスが得られる場合もある。加えて、国の壁だけでなく、ジャンルの境界も取り払うことが可能になる。というのも、SF読者以外のビジネスパーソンも読者になるからである。

以上のように、SFプロトタイピングはそれぞれのケースに応じて適切にセッティングを行うことができれば、様々な立場の人間が共同でイノベーションを生むために有用なツールであると考えられる。日本では「SFプロトタイピング」という概念はまだ一部の層にしか知られていないのが現状であるが、今後、様々な関連研究者・実践者とともにムーブメントを起こすことで、日本に多数のイノベーションをもたらすことが期待される。

 


【筆者略歴】

大澤博隆(オオサワ ヒロタカ)
1982年神奈川県生まれ。2009年慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻博士課程修了。2013年より現在まで、筑波大学システム情報系助教。ヒューマンエージェントインタラクション、人工知能の研究に幅広く従事。2018年よりJST
RISTEX HITEプログラム「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」リーダー。共著として「人狼知能:だます・見破る・説得する人工知能」「人とロボットの〈間〉をデザインする」「AIと人類は共存できるか」「信頼を考える
リヴァイアサンから人工知能まで」など。マンガトリガー『アイとアイザワ』監修。人工知能学会、情報処理学会、日本認知科学会、ACM等会員、日本SF作家クラブ理事。博士(工学)。


USJI Voiceは、USJIの連携大学の研究者による政策関連オピニオン・ペーパーです。USJI Voiceでは、日米関係やその関連トピックに関心のある専門家の方々に向けてさまざまな記事をお届けします。
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