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USJI Voice

USJI Voice Vol.13

アジア金融・通貨秩序と中国:AIIBをどう捉えるか。

2016.05.10
三重野 文晴
京都大学 教授

「一帯一路」構想とアジアインフラ投資銀行(AIIB)

 2015年12月、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、国際金融機関として正式に発足した。構想がはじめに示された2014年初には多くの国が対応を決めかねていたが、2015年3月には英国の参加表明を皮切りに雪崩をうって参加国が増え、いまや不参加としてはっきりと距離をおくのは日本と米国だけという風景になっている。

 設立時の出資比率は、最大の中国が29.8%で、インド8.4%、ロシア6.5%と続き、アジア域内国で75%、残りを欧州等の域外国が分担する形に調整されているという(*1)。 議決権でも中国が3分の1を占めて拒否権をもつとされる。国際金融機関の体裁をとるものの、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などによる既存の国際金融・通貨秩序との調整を欠いたまま、中国が一方的に主導して立ち上げたもので、いまのところ国際金融機関としてのどのような性格をもっていくのかははっきりしない。

 AIIBは、中国自身にとっては、2014年11月に打ち出された「一帯一路」構想の一環として位置づけられている。「一帯」とは「シルクロード経済ベルト」と名付けられた中国西部から中央アジアを経由して欧州に至る地域を、「一路」とは「21世紀海上シルクロード」と名付けられた南シナ海・東南アジアを経由してインド、アフリカ、欧州と連なる道筋のことを指している。この構想は、この2つともに対外経済関係の戦略地域とみなして積極的に関与することを表明するものである。AIIBはこのうちの主に「一路」地域の開発協力のための機関として位置づけられている。一方の「一帯」地域については金融機関として「シルクロード基金」が2014年末に北京に設立されている。こちらは純然たる中国の国内機関である。

 AIIBの主な役割は、中国にとっての「一帯」地域つまり東南・南アジアのインフラ開発のための資金供給とされているが、アジアの金融環境に対して与える影響として関係者が留意しているのは2種類のことである。第1は、名目の通り、今後ますます拡大すると見込まれるインフラ投資の資金供給者の登場としてである。ADBや世界銀行などの既存の機関と競合するものなのか、補完するのなのか、その機能についての関心が生まれている。第2は、人民元の国際決済通貨としての本格的な流通に道を開く端緒としてであり、戦後、基本的に保たれてきたこの地域のドル通貨秩序を揺さぶる可能性への警戒を生んでいる。

*1 藤田哲雄 「AIIBは国際金融秩序変革の転換点となり得るか」環太平洋ビジネス情報 RIM 2015 Vol.15. No.58 (2015.8.13)

各国の立ち位置

 2010年代に入ってこうした戦略を矢継ぎ早に打ち出すに至った中国の事情は何か。なによりも2000年代以降の中国経済の成長は著しい。2000年代の10年間平均で実質成長率は10.5%に達し(*2) 、2012年にはついにドルベースのGDPで日本を抜き去った。国際経済におけるこのような存在感の高まりに対して、既存の国際金融・通貨秩序の側は、あまりに急速な中国経済の伸張に対応しきれてこなかった。中国からの再三にわたる国際通貨基金、ADBへの出資比率の積み増しの要請は、既存の秩序に対して中国がどのような態度をとるのかについての警戒を背景に拒絶されてきた(*3)。それならばと、代替的な機関の設立という形で、より明示的に既存の秩序への挑戦をはじめたということであろう。

 「一帯一路」構想には、当然、中国にとっての経済振興が目的として含まれている。経常収支黒字によって積み上がる貯蓄を投資に循環させる仕組みの一つとして、中国企業の輸出やインフラ案件受注の振興に結びつけるという思惑である。昨今のように国内景気が後退すればするほど、この側面が前面に現れてくるのであろう。

 米国と日本の目には、さしあたりAIIBの構想は自分たちが指導力を発揮してきた既存の金融・通貨秩序に対する挑戦として映っている。世界銀行と国際通貨基金を制度基盤とし、実質的には米国の経済力とドルの流通に支えられた世界の金融・通貨体制を前提に、アジアでは世銀と、日本と米国が共同で主導するADBが、開発資金の供給の役割を担ってきた。それに加えて、日本は60年代以降の経済成長の中で、戦後賠償からはじまる円借款を独自の経済援助として拡大し、90年代には一国で世銀に比肩するほどの開発資金の供給をアジアに対して行ってきた。この構造は、一面で冷戦期以来の日米同盟下におけるアジア政策の役割分担でもあった。2010年代に中国経済が巨大な存在になる中でも、日米はこのような既存の金融・通貨秩序に中国がどのように関与してくるのかについて、警戒感を持ってきた。それゆえに、既存機関の中国の出資比率の引き上げにはきわめて慎重だった。
これに対し、戦後の世界金融・通貨秩序をともに支えてきた欧州諸国の立場は、やや異なる。欧州では中国の経済成長を自国の経済にどのように取り込むかについての関心が先行してきた。アジアとの地政学的な距離もあり、また一方、南欧諸国の債務危機、イスラム難民やテロの問題、ロシアとの対立など社会政治環境が緊迫する中で、中国経済の伸張は秩序への挑戦ではなく、数少ない前向きな材料として受け止められている。各国とも中国の貿易関係の深化をもとめ、進んで投資の受け皿になり、人民元の国際化を積極的に取り込むべく対応している。人民元取引市場の拠点をロンドンとフランクフルトのどちらに誘致するかをめぐって英独がつばぜりあいを演じるなど、域内での競争すらみられる。なおまた、欧州と中国の接近は、今後の経済成長が見込まれるアジア太平洋圏の自由貿易協定であるTPPの動きから、現状ではともに除外されていることへの警戒感も背景にあるようにも思われる。「一帯一路」構想には欧州にとって相響き合う要素があり、その点が日本や米国では見えにくいのかもしれない。最終段階で英国がAIIB設立に決定的な役割を果たすことになることは、日本と米国にとってきわめて意外だった。

*2 Asian Development Bank, Key Indicatorsより計算
*3 IMFについては、2010年に出資比率の柔軟な変更を行えるよう制度改革を行った、米国議会の反対で承認が進まず、2016年度にようやく中国が第6位(4.0%)から第3位(6.39%)まで変更された。ADBについては、2014年の総会では中国の議決権拡大を懸念する日米は増資を棚上げしている。

過去の挑戦者

 考えてみると、近現代の金融・通貨秩序はこれまでそれを構成する主要国で一枚岩であったわけではなく、時々に新興経済の挑戦を受けてきた。1980-2000年代の日本をその代表的なものと見ることもできる。貿易黒字によって対外資産が積み上がった80年代には、日本は開発援助型の2国間借款とIMFや国際開発金融機関への出資の積み増しや新基金の設置によって、開発資金の供給面で大きくプレゼンスを拡大した。そしてそれを背景に、通貨面で「円の国際化」としてアジア地域の決済通貨としてのドルの相対化を試みた。90年代後半のアジア金融危機後にはアジア通貨基金(AMF)構想を打ち上げ、これが米国・欧州に拒絶されると2000年代に日中の通貨スワップを基盤とする各国通貨のスワップ網の構築を働きかけ、長期的に「アジア共通通貨」を見据えた議論を主導してきた。

 ADBが設置された1966年には日本のGDPは世界の5%、米国の8分の1程度だった。ODAの規模が世界一に達し、「円の国際化」が模索され始めた1989年は世界の15%を占め、米国の半分強にまで至った時期である。2014年の中国のGDPは世界の13%、米国の3分の2に近づいており、趨勢的にみて、中国が対外資産を活用して開発資金の供給者として登場し、それにともなって通貨秩序にも持続的な挑戦を模索することは、むしろ自然なものであるとも言える(*4)。
*4 World Bank, World Development Indicator (2015)から計算

AIIBの曖昧さ

 日本や米国にとって、AIIBや「一帯一路」構想を警戒せざるを得ないのは、これらが既存の秩序が標準としてきたことのどの部分に合意し、どの部分に挑戦しようとするものなのか、はっきりと見通せないためである。たとえば、AIIBは、意思決定をより迅速にするために理事会の権限を世界銀行やADBより弱めるといわれている。また、融資決定の手続きで環境評価や住民同意のプロセスを軽視するのではないかと懸念されている。しかし考えてみれば、既存機関の意思決定の遅さへの批判は従前から確かにあったもので、公正性を保ってより効率的な運営がもし本当にできるのなら、それは既存の機関にとっても参考になる。環境評価や住民同意のプロセスについては、国際的標準からみて看過できないものであるなら、結局、出資国の広い同意は得られず国際金融機関としては機能しないだろう。金融市場はもっとストレートな反応を示すはずで、運営方式への信頼が十分でなければ資金調達面の条件、より具体的には機関債の発行条件でコスト高になり、レバレッジをかけた形では、国際開発機関に期待されるような低利融資が難しくなる。AIIBが提案する方式の何が新しいのか、それが果たして実行可能なのか、参加国・不参加国ともに、またADBもそれを見極めたいところである。しかし、実際のところ中国の当事者にもその点がまだはっきりみえてきてはいないのかもしれない。

 AIIBが本当に国際機関を目指すものであるのか、実質的に中国の開発金融機関であることを目指すのか、という性格の曖昧さがこの点と関係する。国際機関として自身で資金調達もし、国際社会での認知を進めることを求めれば、上のような制約との妥協点を探ることになり、結局ADBがこれまで果たしてきた機能を大きく超えることはない。ADBとは協調的関係を構築して行くであろうし、本質的には地域国際機関の資金規模が概ね倍増するだけのことである。逆に、中国が主導権の維持に執着し、中国の開発金融機関であるという性格が強く出るなら、中国政府が財源を提供し続ける形で少々の無理は通るかもしれない。その場合、本質的には経常黒字国に応分の開発投資資金の提供を行う中国の公的金融機関が登場するだけで、日本が援助政策として1980年代に行ってきたことと変わらず、長期的には中国経済の成長と国際収支の環境に依存するものであるに過ぎないはずである。

結び

 中国への不信や期待というフィルターを外して冷静にみてみると、AIIBに写るのはこの既視感である。工業化による成長のある段階に入った貿易黒字国が、国際的な開発資金の提供を始める。それを国際経済秩序への発言力の拡大に結びつけると同時に、自国企業の輸出と投資の促進につながるよう組み込もうとする。その先に既存の通貨秩序への挑戦も試みる。経済面だけで見れば1980-2000年代の日本とほとんど重なるのである。

 中国の世界の金融・通貨秩序への発言の拡大への指向がその程度に自然なものであるとすると、こうした動きが直ちに既存の秩序への全面的に挑戦となるとは考えにくい。国際公共財である秩序の形成・維持には、その基幹部分に関与すればするほど大きなコストを負担せざるを得ないし、中国がそのようなコスト負担をただちに決意しているとも思えない。日本が試みたことと同様に、この取り組みは調整の過程で経済と外交力の力量応分に変形し、また既存秩序を少し変質させながらも、それに取り込まれていく可能性が高いのではないだろうか。

 既存秩序の側は、そのようになっていくよう関係の維持をはかっていくことが、とるべき基本スタンスである。米国や日本の資金のプレゼンスが相対的に低下していく現在の局面では、中国の資金力をどのように自らにも利するよう秩序づけるかが知恵の出しどころである。それは必ずしも日本と米国がAIIBに急いで参加する方がよい、という意味ではない。関与の仕方には内からも外からも様々なレベルと形態がある。またAIIBの発足過程でも、参加国の思わぬ増加で中国の出資比率が当初想定の半分程度となったり、2015年6月の署名式で7ヶ国が一旦署名を見送る事態が生じたりするなど、まだまだ流動的であり、今後もいく段階かの局面変化があると予想される。拙速でなく、段階を追って関与を深める腰の強さが求められるところである。

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