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研究活動

USJI Voice

USJI Voice Vol.14

日米連携と「地経学」地域主義:TPPとAIIBの台頭

2016.05.25
寺田 貴
同志社大学 教授

 2016年、アジアにおける米国と中国の経済覇権を巡る競争は「地経学」地域主義の様相を呈した新たな時代を迎えている。現在、両国が自国の経済発展だけではなく国家安全保障の利益も視野に入れた形で対外経済政策を推進しており、その中で2つの大きな戦略が注目されている。一つは2015年10月に基本合意に達した米国を中心とする環太平洋経済連携協定(TPP)であり、他方はアジアから欧州へと広がる一大経済圏を築く「一帯一路」構想実現に向け、中国がイニシアチブを取り2016年1月に開業したアジアインフラ投資銀行(AIIB)である。米中はこれら地域制度設立を通じた新たな経済ルールの設定を巡り、互いにけん制し合う形で地域戦略を展開している。そこでは、直接的な軍事衝突や貿易摩擦ではなく、地域覇権を形成するうえでの新たな支配プロセスとしての競争をみることが出来る。例えば中国の打ち出したAIIBは米国主導で運営されてきた既存の国際経済体制に対抗するものと位置付けられている。米国は自らがこれまで推進・維持してきた開発援助規範とは異なる形式での開発アプローチの出現に極めて否定的であり、AIIBにおいて実施されうるガバナンス体制に懸念を表明して、同機構への不参加を決定した。

 対照的に米国は、「21世紀型」の新しい国際経済ルールであるTPP交渉において、労働者の組合参加の権利などの労働に関するガイドライン、国有企業改革や知的財産権保護等といった中国が受け入れ難い競争政策分野の重要性を強調している。米中はどちらも自国にとってより望ましい経済基準を設定するために、自国と似た価値観を有する国々との連携構築を通じたアプローチでこれらの地域制度を設立し、逆に他方の大国の関与をなくす形で、相互に排他的な制度づくりを進めている。このような米中の戦略は、基準設定プロセスにおける自らの地域覇権維持や、他方の優越点を無力化するために有効であると考えられる。

 本稿では、こうした国際構造の大きなうねりの中における日本のTPP参加とAIIB不参加という決断を基本にした日米連携の動きを論じる。米国からの強い反対にも関わらず中国が主導するAIIBへの参加を決定し、他方でTPPの設立メンバーになり損ねた韓国とは対照的に、中国からAIIBへ参加するよう繰り返し要請を受けながらもAIIB不参加の姿勢を貫いて積極的なバランシング戦略を図り、米国との関係を一貫して強化する日本の外交姿勢は、「地経学」地域主義を巡る米中相克の中で対米関係強化という観点から極めて特徴的であると結論付けられよう。

アジアにおける「地経学」地域主義の勃興

 冷戦の終焉は、地経学(Geo-economics)の潜在的な戦略概念の重要性を浮き彫りにした。その概念の意義にいち早く気づいたエドワード・ルトワックは地経学を「通商の文法における戦いの論理」と定義づけている。昨今、アジアの主導権を巡る米中間の争いが激化してきたことに伴い、大国間競争を主な特徴とする地経学の概念が再び注目されてきている。本稿では「地経学」地域主義を、大国が自国の影響力を、価値観を共有する国々との連携構築プロセスを通じて行使し、明白な境界線とメンバーシップ基準を有する地域経済制度と定義する。この概念を論じる背景には特にTPPとAIIBという地域制度と、それぞれの経済的な目的及び地理上の位置が密接に関連していることが挙げられる。TPPが太平洋に沿って環状に位置する12か国の集まりである一方で、一帯一路構想はより西側に参加諸国の重心が設定されており、TPPには参加しないユーラシア大陸の多くの国がこれに含まれる。これら多くの途上国は、TPPが求めるような高度な自由化の遂行は困難であり、同時にインフラ開発における援助の必要性に駆られているため、AIIBはこうしたユーラシアの途上国からの支持を集めることとなった。

中国と「制度的発言権」

 中国共産党は2015年11月、2016年から2020年までの新5か年計画の草案で、「制度的発言権」という新たな標語を掲げた。これは様々な国際的枠組みの中で主導権を握る意志を明確に指し示すものとして理解出来よう。2008年のリーマンショックに端を発した金融危機に際して、胡錦濤前国家主席は既存の米ドル基軸体制を指して「現行の国際通貨システムは歴史を経て形成されたものだ」とし、「過去の遺物」と非難している。この流れを汲み、習近平国家主席は所謂「中国の夢」の実現に向けて、アジア太平洋自由貿易地域(FTAAP)をアジア太平洋地域統合の大構想の一部として位置づけるなど、地域制度を使った社会の繁栄及び国威発揚に余念がない。結果的に、こうした行動は米国が推進しようとしたアジア・リバランス政策の主軸であるTPPに冷や水を浴びせることとなった。実際、2015年マニラAPECの際、習近平国家主席はTPPについて「多様な新しい地域自由貿易枠組みが乱立することを懸念する」と述べるなど警戒心をあらわにしている。

 このような国家主席の発言にみられるように中国は米国主導の国際及び地域経済秩序に明確に挑戦しており、2015年はこれら野心が現実のものとなった年として記憶されよう。同年12月、IMFは中国人民元を通貨バスケット(SDR)に組み入れることを承認した。5年以上も新興国の意向を取り入れた形のIMF改革に消極的であった米国議会の承認を経て、中国のIMFにおける地位は強化されることとなった。クオータ(出資比率)割り当てを再構築され、中国を含む新興市場国の発言権が高まることとなった結果、中国はIMF内で2位の日本に肉薄する3位の出資国としての地位を獲得した。これらの動きは、先述の制度的発言権を高めることになり、中国人民元が国際準備通貨となる動きを後押ししよう。さらに中央・南アジアとの連携強化に向けた中国版「リバランス政策」とも言える「一帯一路構想」におけるAIIB設立に向けたイニシアチブもその象徴的な動きである。

 アジアにおける鉄道、道路、エネルギー等々の旺盛なインフラ開発需要は、アジア開発銀行によると2010年から2020年までの間に8兆ドル相当と試算されており、既存の多国間銀行ではすべてをカバーすることが出来ないため、その一翼を担うAIIBの設立への期待感は途上国を中心に高い。しかしより重要なことは、米国や日本の関与なしに中国がAIIBの管理・行政権を握ることで、既存の国際経済秩序への挑戦機関としての意味合いを持つことである。

 2010年10月に、日本がTPP交渉参加への関心を正式に表明して以降、TPPの進展に伴い、中国は地域的FTA枠組みの構築を自国の都合に合わせたスケジュールと地域統合基準に基づいて加速させてきた。しかし自由化と規制緩和を推進する通商地域主義への関与は、特に中国の様な保護主義的な貿易・投資政策を取る新興国にとって極めて困難な選択肢となる。例えばTPPの国有企業改革を扱う競争政策分野は、政府から優遇措置を受けられる国有企業と民間企業のビジネス競争の土俵を均すことを目的としており、国有企業がGDPの4割を占めるといわれる中国がTPPへ参加することを困難にする主要な理由となっている。さらに中国が世界で最も多くの外貨準備を有する最大の新興国である事実は、インフラ投資に融通できる多大な余剰資金を持つことを意味することから、通商ではなく開発地域主義を進めやすくする国内環境を中国が保持することになる。

 こうした状況を受けた中国の通商外交の特徴の一つとして、自国の経済的強みを全面に掲げた地域制度を創設することで米国主導のアジア太平洋における同盟ネットワークに楔を打ち込むという狙いが挙げられよう。2015年、中国は韓国や豪州という米国の主要同盟国とのFTA(自由貿易協定)を発効した。輸出においてそれぞれ33%、25%と中国市場に突出して依存している両国は、中国とのFTA締結に非常に積極的であった。過度な経済依存関係がもたらす政治的脆弱性は、両国が米国から受けたAIIBへの不参加要請を跳ねのけ、参加を決定した上で大きな役割を果たしたと言える。2国間FTA、それも特にTPPメンバーとのFTA締結を図り、貿易転換効果を低減させる効果を含んだ中国の通商外交戦略は、例えばラオスやカンボジアへの多大な援助提供によって、ベトナムやフィリピンと争う南シナ海をASEANが扱う際、ASEANの分断につながっている。つまり中国は通商や援助といった経済外交を通じて、自らの政治的、戦略的利益を支持する国々を形成することに成功していると言えよう。

米国の制度的反応

 このような中 国の動きは、IMFなど既存の国際制度内で発言権拡大を狙った働きかけや、その体制での自らの利益が実現しないと見るや、新たな機構の設立を通じて既存の体制に挑戦するなどの行動に如実に示されている。米国はそのような中国の行動への対応として、西側先進国経済の規範に根付いた国際制度の中で中国が自国の利益を追求する政策を支持する従来の方針を転換し、こうした国際制度に中国を融合しないスタンスを取り始めている。実際、AIIBは日米両国がそれぞれ15.7%、15.6%と主導的な出資比率を有するADBに対抗する中国の潜在的な制度的挑戦として捉えられているが、米国は、環境基準を満たさない点や調達制度の未整備、世銀やADBで採用されているセーフガード条項の未採用、さらに強制移住制度の欠如などを、AIIBの潜在的欠点として指摘している。このような米国の指摘は、環境基準や労働権といった米国がTPPにおいて米国が特に重視した2つの分野に関して、AIIBが不十分な融資能力しか持たないことを浮き彫りにすると同時に、この2つの分野での融資条件の改善なしには米国の将来の参加も難しいことを示している。 

 TPPにおける貿易及び投資の高い水準が中国の参加を困難にさせる一方、共同市場や共有された経済ルールが究極的には参加国の中国に対する輸出依存度を減じ、中国の政治的影響力を弱める。こうした戦略性がTPPには存在することに米国は気づいており、その意味でTPP大筋合意をうけて、タイ、フィリピン、インドネシアが相次いでTPP参加への意欲を示したことで、近い将来に他のASEANメンバーをTPPに招き入れる関心を強めている。実際、ASEANの貿易額全体に占める米国のシェアは2000年には16%で最大の貿易相手国であったが、2013年には8%と半減しており、代わりに中国にシェアの首位(14%)を明け渡しているため、2016年2月に初めて開催された米ASEAN首脳会議でも、東アジア太平洋地域担当のラッセル国務次官補がTPPは「地域を統合に向かわせる力になる」と強調するなど、取り込みに積極的な姿勢を示した。

TPPと安倍政権

 2012年12月に安倍晋三が政権に返り咲くと、日米関係の強化により積極的に乗り出す。2015年9月には自衛隊の海外での活動範囲を広げることを盛り込んだ安全保障関連法案を通すために尽力したが、安倍首相は米国主導のTPPを経済的な利益だけでなく、地政学的な観点からも重要視しており、地域安全保障を促進するためにTPPを通じた米国の地域関与の重要性をたびたび強調している。2015年10月、TPP大筋合意へ向けた日米両国の強い関与は、中国の地域への積極的な経済的・戦略的働きかけに対する強い懸念が背景にあった。安倍首相がTPPに抱く特別な利益、つまり自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的な価値観という概念は経済ルール設定を支える重要な政治的基盤である。そのため、TPPメンバーは、中国の様なこれらの価値観を有しない国に比して、経済面からも政治面からもまとまった対応をとれることが期待されている。つまり、安倍政権にとっては中国が除外されているという事実こそが、TPPが自らの政治的かつ外交的利益に適う政策であるという重要な示唆となっている。このような普遍的価値観の重要性は2006-07年の第一次安倍政権期に日本が抱いたある懸念に端を発する。ロバート・ゼーリック国務副長官(当時)が中国を「責任ある利害関係者」と位置付け、米国主導の国際秩序の中での米中協力(G2)を模索しようとした際、安倍政権は中国ではなく日本こそが米国と基本的な政治的・社会的価値観を共有しているということを示す必要性を認識し、米国の関心を引きつけ、より強固な政治的・戦略的パートナーシップを日米関係に見出すために、普遍的価値観あるいは価値観外交を策定するに至った。この点から安倍首相が普遍的価値観を日本のTPPへの積極的な支持の観点から強調するのは、潜在的な日米関係の強化が、TPPの成功に極めて重要であるという自身の強い信条があるからである。結局、TPPにはアジア太平洋圏の経済成長にアクセスするという日本経済再生に有益であるという重要性に加えて、中国の影響力とその外交手段を制限するという隠された重要性を安倍政権は見出していると言えるだろう。

日本の制度的対応

 安倍政権は、AIIBが自国の地域経済秩序形成に挑戦するという米国の見方に同意し、不参加を決定している。安倍首相は「悪い高利貸からお金を借りた企業は、その場しのぎとしても未来を失ってしまう」として、AIIBに極めて懐疑的な見方をしている。しかしEUの主要国が参加してAIIBの存在感が高まったこともあり、日本は独自のインフラ開発政策を打ち出すようになる。2015年5月、向こう5年間でADBと連携して総額約13兆円(1100億ドル)規模のイノベーティブなインフラ資金を拠出する新たなイニシアチブを提案し、さらに、中国の政治経済的プレゼンスが顕著なメコン川流域の発展に民間セクターから資金を拠出することで、今後3年間で7,500億円(約62億ドル)規模の支援を行う意向を表明している。国際協力銀行(JBIC)や国際協力機構(JICA)といった公的機関はそれぞれ、41億ドル、110億ドルもの機能拡大を通じて投融資計画の支援を実施するとした。

 また、2015年9月に中国がジャカルタ・バンドン間の高速鉄道建設でインドネシア政府から受注を獲得したことも、日本が独自のインフラ支援政策を加速させる要因となっている。日本は建設計画を2008年から提示していたが、2015年3月に急遽参加した中国に受注競争で敗れた。中国は受注獲得に当たり、インドネシア政府の求める、財政負担や債務保証を伴わない形での事業実施を認めたほか、地方鉄道路線の多くに使われる電気軽便鉄道の製造と車両製造の原料となるアルミニウム生成工場の建設にも同意した。さらに、竣工予定もジョコ大統領の任期中19年上半期までとするなど、150キロにも満たない高速鉄道の受注にむけてなりふり構わず獲得した感がある。中国がそこまで受注にこだわったのには、このインドネシア高速鉄道が現代版シルクロード構想とも呼ばれる「一帯一路」の出発点にあたるからである。しかし、当初の計画を過ぎた2016年3月になっても建設許可や書類手続きの不備が相次ぐなど、着工段階から中国の開発アプローチには障害が目立ち、2019年の完成を疑問視する意見もある。

 他方、一帯一路構想の終着点と目されている英国においては、2015年10月、習国家国家主席の訪英の際にイギリスの原子力発電所の建設計画に出資合意するなど、多大なインフラ投資を確約している。日本がインドネシア高速鉄道の入札で負けたことは、海外のインフラ投資を拡大することで自国の経済成長の促進を図る安倍政権にとって大きな打撃であり、そのためインフラ計画、特に高速鉄道の分野などでは、従来3年かかった認証手続きを1年に短縮し、複雑な手続きを簡素化するなど「質の向上」に奔走している。また政府開発援助(ODA)で新興国に資金を貸し付ける円借款制度において、相手国政府の政府保証を必須条件から外し、JBIC改革においてもよりリスクの高い案件にも参画できるようにするなど、条件緩和を通じてインフラ受注を促進する動きを加速している。重要な点は、こうしたアジアのインフラ支援における質と量の両面での変化が、中国主導のAIIBへの参加という観点とは関係なく、日本の独自政策として決定されていることである。例えばJBICの渡辺総裁は、世界全体のインフラ需要を賄う上でAIIBの存在を認めながらも「当面は別々に資金支援にあたるほうが効率が良い」と述べるなど、AIIBとの協調融資に消極的な姿勢を示している。またADBとの連携強化の文脈でも、日本はADB内に官民連携(PPP)を含む民間インフラ案件の支援を強化する目的でJICAの出資により信託基金を創設するなど、従来通りの融資にとどまることなくリスクマネーを供給できるようにするといった機能拡大を図っている。

 AIIB設立などアジアの発展に向けた中国の目覚ましいイニシアチブを受け、日本はTPPにもその対抗策を見出している。例えばTPPの政府調達の条項では、高速鉄道や高速道路建設の際、TPPメンバーは他のTPPメンバー国の外資企業と自国企業を平等に取り扱うよう、共通のルールの下で公共入札を行うことが取り決められている。ベトナムやマレーシア、豪州等の8つのTPP参加国は未だこうしたWTO政府調達協定に未加盟であるため、この分野において自由で透明度の高い条件での競争が促進されることにより、TPP参加国政府の市場開放、税関手続きや規制の透明性向上、外資出資比率規制の緩和などが、日立や三菱重工など日本企業の海外進出機会増加につながると考えられている。日本企業や政府が政府調達分野での潜在的な利益を強調することは、AIIBが同分野において、中国国内法のために自国企業を優遇する可能性があることと関連している。日米はこうした中国の入札手続きの規制を、外国企業の参入を拒むものであるとして非難し続けてきた。事実、最も自由化された政府調達条項を有する日米両国は、本条項をTPP協定に盛り込むことに最も積極的であった。

 以上のように日米両国は少なくともAIIB不参加という面において、共通の利害を有するようになっていた。一つには、AIIBが従来の融資基準を放棄・低質化しかねないことであり、もう一つには公平なガバナンスの観点から、環境面に過剰な負荷を課すことでいくつかの計画は頓挫しかねず、十分な透明性を欠くことで、必要な規制もなく税が使われる恐れがあるということである。加えてAIIBには中国への不信感とインフラ需要の関連も指摘できる。以下の図のように、AIIBの必要性を強調する際に度々言及される8兆ドルのインフラ需要だが、その内訳を見ると中国が約4.5兆ドルとその内の半分以上を占める。第2位のインドを加えると中印だけでその8割を占め、アジアの旺盛な需要という実態は、中印そのものと述べたほうがより現実的である。中国は制度上、自国のインフラ需要を他の経験豊かな国や機関からの知見や資金で補うべくAIIBを操作することも可能であるため、資金運用面でのモラルハザードの可能性は否定できない。

2010-2020年のアジアにおけるインフラ需要
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 要するに、AIIBは日米が主導する既存の開発援助方式、インフラ支援ルールや規範の体制において矛盾する点をいくつも抱えているため、両国は現在も参加を検討していないということである。この見立ては、日米両国が確立してきた「西側のルールが最善とは限らない」と楼経偉中国財政部長が指摘し、中国がそれに従う姿勢を積極的には示していないことからも明らかであろう。さらに、従来の中国の対外投資は資源獲得を狙った戦略投資が主流であったが、最近は海外市場獲得のための投資へシフトしている。一帯一路構想を実現するためには、中国は自国資金のみに頼るわけにはいかず、市場から資金を調達することが必要不可欠であるが、投資資金を資本市場から調達する場合は、資金コストの問題が生ずる。想定されている一帯一路構想の投資対象は、アジアのインフラプロジェクトであるが、高い収益率は期待できないため、資金コストの抑制が貸出機関の事業持続性にとって死活問題であるといえる。そのため日米両国の参加を通じて高い格付けを獲得することが中国の狙いとなっており、中国が両国の参加をオープンにしている最大の理由の一つであろう。世銀やADBの格付けは最高ランクの“AAA”であり、債券を発行して、市場を通して投資家から資金調達をしている一方、中国および政府系金融機関である国家開発銀行、中国輸出入銀行の長期債格付け(S&P)は“AA‐”となっており、AIIBがAAAを獲得する可能性は極めて低い。このことから、日米は自国の参加によってAIIBの高い格付けに貢献することなく、中国の思惑の実現の片棒を担ぐことをしない意味でも、両国の利害関係は一致している。

結論:アジアの「地経学」地域主義の今後

 アジアにおける「地経学」地域主義の到来は、自国の立場に基づいた規範やルール設定を通じて地域の政治・経済秩序を形成しようとする米中相克激化の兆候とみてとれる。2015年10月にアトランタ閣僚会合で大筋合意したTPPでは、不参加国は域外にいる限り貿易・投資における利益を最大化することが出来ないという不参加のコストを改めて浮き彫りにした。2016年に出された世銀の見通しによると、TPPの経済的効果として、ベトナムが最大の30.1%、次いで日本が23.2%と大きな輸出増加を獲得する一方で、貿易転換効果によってタイや韓国といった未参加国の輸出は減少するとされている。そのため、同様に輸出減が予想される中国がTPPに参加するかどうかという問題は、アジア地域主義の新時代において最も重要なポイントとなる。実際、米国通商代表部のマイケル・フロマンは米中で交渉中の投資協定の成否が、中国のTPP参加資格の有無を測る「絶好の試金石になる」としている。さらに中国にとってTPPへ後から参加するということは、中国が現状で受け入れ困難な環境基準や知的財産権等を含むTPP協定の31章全ての条項を受けいれ、かつ、現在の全12メンバー国から参加を承認される必要がある。こうしたTPPの高い基準を中国が受け入れるのは時期尚早であり、他方でRCEPという中国が推進したい地域統合枠組みは、国有企業に関する競争政策等の点でTPPとは性質が全く異なるため、こうした相互排他性に象徴される米中の戦略的なけん制構造は存続するだろう。

 他方、日米両国のAIIBへの参加も考えにくい。中国は既にAIIBの融資基準はインフラ構築や迅速な資金供給に集中するために人権保護などのいかなる政治的条件も含まないと明確にしている点で、ADBのような機関の貧困撲滅といった理念とは目的を異にする。ADBは通常インフラ案件のリターンレートを1%としているが、中国のパキスタンやタイへの援助の事例から考慮すると。中国の国有企業が絡んだインフラ案件のレートは6%となるケースもある。こうした西側とは異なる援助アプローチがAIIBにおいても採用されるかもしれないということは、日米両国がAIIBを肯定的に評価しない大きな要因であり、自らが高い価値を置く自由や保険、環境等の条項をインフラ案件においてより積極的に強調するようになっている。実際、オバマ大統領は繰り返し「われわれがルールを作らなければ、中国が地域[アジア]でルールを確立してしまう」と主張しているが、こうした姿勢には安倍首相も共鳴しており、さらに日米が主導するADBは調達プロセスの簡素化や許認可手続きの迅速化、アジア開発基金の創設などを含んだ、いくつかの主要な改革を通じて競争力及び魅力を維持しようとしている。

 2016年に事業を開始したAIIBは、金立群初代総裁によると、環境や社会問題の観点で最も厳しい融資基準を設定する「クリーンでリーン[効率的]、かつグリーン」な多国籍開発銀行であると同時に、既存の国際機構よりも早く融資を履行する点が特徴である。日米両国はその懐疑性のために不参加を決め込んだため、もし中国が主張するこのような特徴が仮にすべて実現した場合、両国の最終的な参加につながる可能性がある。その時こそ日米中の調和的な地域経済秩序へのプロセスが描かれることとなり、対立的な地経学の観点からアジア地域主義を語る意義はなくなるであろう。

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