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研究活動

USJI Voice

USJI Voice Vol.6

安倍首相と衆議院総選挙

2015.02.24
川人 貞史
東京大学 教授

 2014年の衆議院総選挙は、前回から2年という4年の任期のちょうど中間地点で実施された。安倍晋三首相は、なぜ、解散・総選挙に踏み切ったのだろうか。2014年7~9月期のGDP(国民総生産)の速報値が前年比でマイナス0.5%(年率換算でマイナス1.9%)となって景気の減速が見えたことで、安倍首相は、2015年10月に予定されていた10%への消費税増税を2017年4月に先送りし、「国民生活と国民経済にとって重い決断をする以上、速やかに国民に信を問うべきだと決心し、衆議院を解散する」こととしたというのが、記者会見における公式の説明である。安倍首相は、「この総選挙はアベノミクス解散だ。アベノミクスを前に進めるか、それとも止めてしまうのか、それを問う選挙だ」とし、「私たちが進めてきた経済政策、成長戦略をさらに前に進めていくべきかどうかについて国民の判断を仰ぎたい」と説明した。

 消費税の2%引き上げを延期する場合の手続きは、消費税増税を決めたときの法律に明記されているので、増税の延期の決断について、解散して民意を問う必要は必ずしもない。また、増税延期に反対している政党が1つもない以上、それは総選挙の争点にもならない。マス・メディア各社が解散前後に行った世論調査においては、バラツキはあるが、有権者の約3分の2から4分の3近くが、安倍首相の解散を納得せず、理解できず、あるいは評価しないと回答した。野党各党からは、「大義なき解散」だと安倍首相を批判する声が上がった。600億円を超える総選挙費用に対しても予算の無駄遣い解散だという批判もあった。

 野党側はこんなに早い解散を予想していなかったため、候補者をそろえることができず、準備不足が致命的だった。野党各党間で選挙区における競合を避ける候補者調整が予想外に順調に進んだのは、政権交代の可能性がない状況で各党とも候補者不足が深刻だったからである。しかし、この調整は総選挙後の協力や連立の約束ではなく、数合わせにすぎなかった。このような野党の候補者擁立状況は、現職の有力候補者を多数かかえている政権党の自民党と公明党から見れば、公示直後の選挙戦のはじめの段階ですでに勝負が明らかになっていたということである。

 12月14日の総選挙後、マス・メディアは、政権与党の自民党と公明党が大勝したと報道し、多くの政治評論家たちは、対立争点でない消費税増税延期を理由に、野党が油断していた異例に早い時期に解散を行って、政権与党の総選挙勝利を狙い、見事に大勝することに成功した安倍首相の作戦勝ちだと評価した。総選挙の争点は、アベノミクスおよび2年間の安倍内閣・自公政権の評価であり、安倍首相は狙い通りの解散によって今後4 年間の安定した政権党の基盤を獲得した。

選挙タイミング

 さて、はたして本当に安倍首相は、狙い通りの戦略的解散を行ったのだろうか。現代政治学において提案され実証されている早期解散モデルにおいては、首相は有権者の支持がもっとも高いタイミングを見計らって解散するのではなく、近い将来に政権パフォーマンスが悪くなることが予想される時にその前に解散する(Smith, Alastair. 2004. Election Timing. Cambridge: Cambridge University Press)。このモデルによると、政権運営が好調な首相は早期解散をしない。なぜなら、解散しない方が政権実績を積み上げることができ、内閣に対する有権者の評価が高くなることが期待されるからであり、任期満了の総選挙で政権党は勝利することができるからである。逆に、早期解散の決断は、首相が近い将来の政権パフォーマンスに対してあまり自信がないことを有権者にシグナルとして送ることになる。したがって、早期解散の総選挙においては、選挙前に予想されたよりも低いレベルの選挙結果しか得ることができない。

 日本において、衆議院の解散権は伝家の宝刀とよばれ、事実上首相の専権である。安倍首相は、衆議院議員の任期が満了する2016年12月までの間でもっともよい時期に解散を行いたいと考えたはずである。そして、2015年の通常国会における審議や4月の統一地方選挙の状況、9月の自民党総裁選での再選のための戦略、2016年7月の参院選などを考慮して時期を検討したと考えられる。そこで、2014年10月に「政治とカネ」の問題で2閣僚が辞任したことによって内閣支持率の低下が見られ、2014年7~9月期のGDPの速報値がマイナスとなり、景気に陰りが見られた。安倍首相が解散を決断したのは、このままでは今後の政権運営がきびしいと見たからだと考えられる。この解散は、上述のスミスが提示した近い将来に政府パフォーマンスが悪くなる前に解散するモデルと符合する。

総選挙結果とその後

 実際、総選挙結果は、安倍内閣が有権者から合格点を得たということができるが、マス・メディアが大勝と報道するほどの大勝ではない。政権側は、前回総選挙と比べて自民党は3議席減、公明党は4議席増であり、政権与党の勢力はほとんど同じである。むしろ、公明党が少し増えた分だけ、政権内では首相の進めたい路線に公明党からブレーキがかかる可能性もある。野党側は、選挙前に比べて民主党が微増しながら党代表が落選し、維新の党が1議席減でほぼ現状維持したものの、政権に挑戦できる勢力はまったくない。

 安倍内閣の今後の政権パフォーマンスが順調に推移すると考えるとすれば、それはあまりに楽観的である。むしろ、首相が今回獲得した議席に表れた支持を資産として上手に使いながら、いかに政権を運営していけるかということである。荒っぽい国会審議をやったり、不評な政策を推し進めたりすれば、その資産はすり減っていく。これからは、昨年に閣議決定した集団的自衛権の行使容認にもとづく法整備や沖縄県の米軍普天間基地移設問題、中国や韓国との外交問題や戦後70年の首相談話公表、北朝鮮による日本人拉致問題の調査報告をいかに引き出して解決するかなど難しい課題があり、いばらの道が待ち受ける。秋の自民党総裁選では安倍首相が再選されると思うが、自分の資産がどれくらいあるかを考えながら有効に使う必要がある。また、安倍首相の宿願である憲法改正も集団的自衛権と同じように首相の資産を減らす課題だから、時間をかけて国民の理解を得る必要がある。

 これら以上に重要なのがアベノミクスの第3の矢である成長戦略である。第1の矢の金融緩和は大きな影響があったが、これまでの第2 の矢の財政政策は、景気の陰りが見られる中で景気対策のようになってきている。基本的な産業構造を変えたり、新しい成長分野をつくったりする成長戦略はまだはっきり見えてきていない。また、JA全中の指導権を全廃し、地域の農協の経営の自由化を進める農協改革も、地方で反発の波紋が広がれば、摩擦が生じ、統一地方選挙が近づくにつれて改革への抵抗が安倍首相の資産をすり減らすことになる。

野党の抱える問題

 他方、野党側を見れば、民主党は2年前の総選挙で惨敗して政権から転落した後、党を立て直して有権者の信頼を回復することができたとは考えられず、昨年末の総選挙では微増にとどまった。その中で、海江田党代表が東京1区で落選し、比例代表選挙でも復活当選できなかった。党代表として自分の選挙区で運動することもほとんどできず、落選の可能性が高いことは当初からわかっていた。党代表を落選させない方策は、比例代表選挙の政党名簿の単独1位とすることであるが、そうした特別扱いは行われず、小選挙区で勝てない人は有力議員として認めないという暗黙の了解があり、落選するなら仕方がないと考えられているようである。1月に行われた党代表選では、野党再編も視野に入れる40代の細野元幹事長と民主党政権期に党と政権の責任を負った中心人物の1人である60代の岡田代表代行との決選投票となり、安定性を評価された岡田氏が選ばれた。岡田氏は党の自主再建を委ねられ、次の総選挙で政権奪還をめざすと述べたが、ベテランが党代表に就任したことは、世代交代が進まず、民主党は変わらないというシグナルを有権者に送ったことになる。1回の総選挙でそうたやすく政権を奪還できるということも考えにくい。あと、少なくとも数年間は民主党が政権を競える時は来ないかもしれないが、しかし、それは民主党政権を経験した有権者がもっともよくわかっていることでもある。

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