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USJI Voice

USJI Voice Vol.9

アベノミクス第3 の矢
―持続的成長か過去への逆戻りか―

2015.07.15
古川 彰
立命館大学 教授

アベノミクスの目標と成長の持続性

 2012年末に発足した安倍晋三内閣は、みずからの経済政策をアベノミクスと呼び、①拡大的な金融政策、②公共投資拡大、③構造改革(成長戦略)、を推進すると謳った。

 先行したのは量的・質的金融緩和と、公共投資拡大の2つの短期戦略であり、短期の経済回復の達成については、とりあえずは成功したと言ってよい。とくに、安倍政権がまだ発足する前から、市場の期待変化によってそれまでの「歴史的円高」が「修正」され、円安による輸出企業中心の収益拡大、それを材料とした株価の上昇、人々や企業のコンフィデンスの改善などが、経済活動を上向かせた。しかし、この持続性は疑問がもたれている。

 1990年代初のバブル崩壊以来も、日本経済は一貫して停滞を続けてきたわけではなく、財政・金融拡大策や外需増などで、何度かにわたって経済は回復した。しかしその成長を支える基盤に持続性がなかったため、内外のショックで容易に成長がストップし、停滞に陥った。その繰り返しの中で、人々や企業は経済の将来やマクロ政策の効果に次第に信頼を失っていった。持続性がなければ意味がないのである。

 そして円安の持続性には疑問が持たれているとみる。「歴史的円高」水準から1/3も円が下落したにもかかわらず、輸出産業は円安分を円建て輸出価格に上乗せし、輸出先通貨建てで価格引き下げを行っていないので、輸出量はほとんど増えていない。この理由には諸説あるが、筆者は、輸出産業の経営者が、現在の円安を持続性がないと感じているので、輸出数量を増やそうと努力し能力増強投資を行うのではなく、儲けられるうちに利益をため込んで、将来円高に戻った時に備えようとしているのだと考える。日本の主要貿易相手国とのインフレ率の違いを考慮した価格競争力を示す円の実質実効レートでは、現在はプラザ合意前のレーガノミクス期にくらべても、はるかに下回る「歴史的円安」期である。そんな状況が長続きすることはない、と輸出企業が考えたとしても当然であろう。

 一方で円安は輸入品価格を押し上げ、消費者は購買力を低下させ、確実に貧しくなる。内需型産業への需要も低下する。それを相殺するにはもうかっている輸出産業が利益増を従業員に賃上げの形で還元するしかない。しかし、円安の持続性を疑う経営者は、人件費を長期に押し上げる正規雇用者へのベースアップをしようとしない。そこで政府によるベースアップの大キャンペーンが行われている。

 現下の経済回復が長く続かないなら、短期的回復が続いているうちに経済の潜在成長力を高めて、真の持続的成長を可能にしなければならない。アベノミクスの成長戦略の成否はそうした時間との闘いなのである。

 日本経済の潜在成長率は、これまで長年にわたって低下し、現在では0%台まで下がっているとみられている。これを長期持続的に上向かせるために成長戦略が策定される。しかし、何百項目もの政策課題を個別に評価することはここでは不可能である。

成長戦略の評価基準

 そこで、次のような評価基準で、主要な戦略分野を例示して検討してみる。いずれも、日本経済の長期停滞を超長期のメガトレンドへの適応の失敗と捉え、その失敗が克服できるかどうかで評価しようという考え方である。
第1は、キャッチアップ型高度成長からの最終的転換がなされるかどうか。
第2は、人口過剰社会から人口希少社会への発想の転換ができるかどうか。
第3は、グローバル化の進展に伴い一国で完結する発展モデルからグローバル社会の一員としての発展に転換できるかどうか。

(1)キャッチアップ型成長戦略からの転換はなされたか

 戦後の日本経済の先進国へのキャッチアップの過程は、政府主導の色彩が強く、第2次大戦準備のための国家総動員体制のときに原型ができた日本型雇用慣行やメインバンク制などのシステムが活用された(野口悠紀雄氏の『1940年体制』)。キャッチアップ期はアメリカをはじめ先進国が到達すべきモデルとして存在するから、そこにいかに効率よく到達できるかが課題となる。優秀な官僚機構が計画し、産業界や労組や消費者団体が合意を形成し、協調し合って計画された発展経路を駆け上る。が大いに力を発揮した。1960年代後半にキャッチアップ期が終わって先進国の仲間入りした時、そうした集団主義戦略は終わりを迎え、各経済主体が互いに競争しながら自らの戦略とリスクテークで新たな発展を目指す時代に入ったのだが、そこに第1次石油危機が起こり、日本経済は一丸となってインフレを抑え、エネルギー効率の高い経済をめざすため、政府主導の集団主義が復活した(奥野正寛氏の『1975年体制』)。こうした政府依存の集団主義が1980年代後半のバブルとその崩壊後の長い経済停滞の原因となる。バブル崩壊後の経済停滞が「失われた10年」「20年」と呼ばれてきたが、もしそうならバブル期は「正常な」経済だったことになる。そんなことはない。「失われた(少なくとも)40年」なのである。

 この観点からは、前述の、安倍政権が2年にわたって行ってきた、ベースアップ実現へ露骨な圧力は、伝統的な政府主導の集団主義の復活といえる。首相自らが音頭をとり、春闘で輸出産業などの大企業に圧力をかけて、ベースアップを実現させ、中小企業や内需型産業への波及を狙う。この戦術は著名な大企業のベースアップ受入れで成功したように見えるが、日本経済の発展という長い目で見ると、歴史的な後退となる。労働市場でも、少なくともホワイトカラー労働者については、賃金は彼らの生産性に応じて個々に決まることによって、仕事の効率性を高めるインセンティブにならなければならない。日本のホワイトカラー労働の生産性の低さ、効率性の悪さは有名である。政府主導のベースアップ強要は、逆に賃金を一律に扱おうとすることで、そうした方向に完全に逆行する。

 ほかにも、かつて「産業政策」と呼ばれたような産業構造への介入的政策が並ぶ。農業では「農産物輸出の倍増」が、そして観光産業の新興が謳われる。

 こうした介入政策は、将来『2015年体制』と呼ばれるかもしれない。

(2)人口過剰社会から人口希少社会への発想転換

 2000年代の前半、日本の人口減少・高齢化を肯定的に捉えようとする議論があった(原田泰氏、古田隆彦氏など)。人類はこれまで生産力に比べて常に過大な人口を抱えており、社会が秩序を保つためには、少ない仕事やその報酬を平和裏に分かち合い、争奪戦を演じないように、経済社会の規範や規制制度を厳格に作り上げ、個人の利益より全体の利益を優先させ、すべての人をそれに従わせることが必要とされた。そして効率性の追求はしばしば後回しにされた。日本における公的規制や長期安定的取引慣行などもそうした観点から解釈できる。生産力の上昇に加え、人口が減少に転じていることで、そうした制約はなくなり、個人が個人として尊重され、それぞれの個性、能力、発想、リスクテークと自由な競争によってのみ経済が発展する時代に入ってきたことになる。ところが、人口過剰社会の発想のもとで形成された規制制度や商慣行は根強く残り、既得権益を守り、新たなアイデアを持った人や企業の新規参入を拒んできた。労働市場では、労働供給が超過なために雇用主が自由に労働者を搾取することから保護するという発想で規制が組まれている。女性の参入は少ない雇用機会の取り合いを激化させるので制限する。ホワイトカラーの生産性を高めるためのホワイトカラー・エグゼンプションと呼ばれる労働時間規制の緩和は、不利な立場に置かれた労働者の労働条件を悪化させるというので緩和対象が著しく限定された。非正規雇用の規制も、それが労働者の立場を不利にするので規制緩和には反対が強い。個人の働き方の多様性が高まっているにもかかわらず。今回の派遣労働への規制緩和は評価できるが、なお部分的である。

 労働市場だけではなく、農業、医療、教育など公共サービス、といったいわゆる「岩盤規制」についても、既得権益の擁護が前面に出てくる。農業改革については、しばしばパートタイム農業者の利益代表となって大規模農業者の農業ビジネスの発展を阻害してきた農協の改革が焦点になっているが、全国組織である全中の権限を弱める改革の進展は評価できるとしても、地域ごとの農協の農産物、資材、金融などでの市場支配力は手つかずである。「岩盤規制」を壊し新規産業を育成するための仕掛けが、「国家戦略特区」と呼ばれる地域限定の規制改革である。地域限定の岩盤規制改革と新産業育成が成功するのかを占うカギは、小泉内閣のもと2002年にスタートした「構造改革特区」であるが、これは関係省庁の抵抗もあって認められた規制改革は小粒なものばかりで、どう見ても成功したとは言えない。その失敗経験が十分生かされているとは言えないのである。

(3)グローバル社会の一員としての発想転換

 人口減少が進む日本では、グローバル化の進展は助け舟であり、なお人口と経済が成長し続ける世界の一員として生きていくことができる。しかしキャッチアップ期に日本だけで経済発展を遂げたという成功体験と、人口が過剰で日本人だけで仕事を分け合わなければならないという発想から抜け切れず、一国資本主義的な制度慣行が生き続けている。

 外国人労働者の受け入れについては、成長戦略では高度外国人材の受け入れも挙がっているが、既に日本は高学歴・高技能の外国人を誘致する競争では完全に他の先進国・新興国に負けているのであり、低学歴・低技能・低賃金の労働者を、現在の技能研修制度のような一時的な受け入れではなく一生涯、さらにはその子供の世代まで含めて受け入れることが不可欠である。残念ながら、まったくそうした政治的動きは皆無である。

 外国企業の日本参入、つまり対内直接投資の促進も謳われているが、首相ヘッドのそうした会議はもう20年も続いているが、めだった効果がない。今回の独自性は、法人税減税による海外企業にとってのビジネスコスト引き下げだが、この分野ではすでに世界の税率引き下げ競争に遅れている。

 グローバル化の中でも最も注目すべきは、グローバル・サプライ・チェーンを円滑に発展させるための自由貿易の枠組みの推進である。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は中でも重要な枠組みで、原則的にはすべての移動障壁を取り除くことで、グローバルな取引をあたかも一国内の取引のようにしようとする試みである。TPPは将来のWTOベースの貿易交渉にもひな型となるものであり、内外の抵抗を排してぜひ実現してほしいものである。もちろんTPPは安倍政権の専売特許ではなく、前政権の決定したことではあるが。

結論

 本来なら成長戦略に含まれる主要な案件について、詳しく検討しなければならないところだが、紙幅が尽きているので割愛せざるを得ない。ここで挙げた評価基準は、もとより多くの基準の中の一つにすぎないが、日本経済の長期化した慢性的低成長を潜在成長力を高めることによって克服する場合の、一つの着眼点であると考える。そして、残念ながらどの基準から見ても、これまでの問題を解決するにはまだまだ不十分というものばかりである。しかし今回のように人々や企業の将来への期待が高まり、改革への政治的モメンタムが高まったことは過去25年間でも、橋本改革、小泉改革に続く稀有な機会であり、それを中長期問題の解決に使うまたとないチャンスである。逆にこのチャンスを逃せば、人々の高い期待は逆に大きな失望に変わり、さらに長期にわたる経済の低迷が、人口減少・高齢化と併存することになる。ひょっとすると、安倍政権に政治的に困難な選択をさせるためにも、これまで長い間日本の政策を動かす一つの力となってきた、アメリカからの「外圧」に、今回も期待せざるを得ないのかもしれない。

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